大匙屋

健康第一

クレイモア最終話について僕が思うこと  

怨敵を目の前にしながら第三者が制するという展開を
どれほどの人が納得して受け入れるだろうとは思うのですが
あえて「本懐を遂げさせない」ことで
そこに勝利と同等の価値を見出すという試みは
およそジャンプアニメらしくはないのですが
斬新で面白いと思いました。

第5話~第8話のテレサ編は
描写が残酷だとか僕も過去にいろいろ書いたのですが
物語としては実に精緻かつ巧妙に出来ていて、
この過去があったら、もうクレアはクレイモアになるしかなく、
これ以外の人生設計は考えられないくらいに完璧です。
設定が完璧だからこそ言えることですが
少なくともクレアはこれまでクレア自身の人生を「選んではいない」
つまり積極的に生きてはないわけです。
このことがラストシーンにつながっていく。

「復讐だけが生きる目的である」という激しい執念が
とうとう怨敵プリシラを四つん這いで亀にさせる場面まで
クレアを辿り着かせるわけですが
物語はこと此処に至って、あとは高く掲げた剣を
振り下ろすだけの状態で
「殺してはダメだ」とラキに叫ばせる。
ここまできてどういうことなんだ。ウザいだけだ。
思いを遂げさせてやれよと普通は思う。

しかし、これまでプリシラに復讐することだけを
目的に生きてきたクレアは、プリシラを倒し宿願を果たした時点で
生きる理由を完全に失います。
人として自分の人生を生きることに執着のないクレアには
そうなった場合覚醒者になる道しか残されない。
目的を達成したうえで、さらに人の側に戻ってくる理由がない。

これまで大勢の人間を殺して食ってきたであろうプリシラを
許すべきではないのかもしれないですが
クレアが本懐を遂げてプリシラを倒したとしても
今度はクレアが覚醒者として人を食い始めるわけです。
それはクレアにとっても、この世界にとっても不幸でしかない。

宿命に抗うでもなく、流されるでもなく
自分の人生を自分で切り拓いていくためには
宿命そのものを超越する必要がある。

クレアはラキやジーンの説得によって
ここで初めて「人として生きる」という人生の選択をしたわけです。
そしてそれこそが本来テレサがクレアに望んだことであり
テレサが考える、クレアにとっての幸福であるわけです。
テレサ自身も、機会がありながら
プリシラを切り捨てることはしなかった。
テレサもまた、クレアと出会うことでその人生に価値を見出し
単なる殺戮者ではなく、人として生きていくという
選択をしていたわけです。

ジーンの死体を前に感情を爆発させるクレアの号泣は
人として誕生した瞬間のそれであり
自分のために他人に犠牲を強いてしまった悔恨と
新たに背負った宿業、失ったもの、果たせなかった約束、
そういった「人が人である以上当然背負うもの」すべてが
クレアに「生きろ」と促している。
この作劇は見事というしかないです。

プリシラやイースレイが今後どうなるのかとか、
組織の全貌などについて未解決の話は山積していますが
おそらくそれは別の物語ということになるのでしょう。
僕はこういう終わり方も充分アリと考えます。
掛値なしに良作になったと思います。


余談ですが組織の首領は千田光男さんかなと思ったら
野沢那智さんでしたね。
エル・カザドにも出ていらしたし
意外なところで大御所が顔を出すと驚きますね。

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レビュー・評価:クレイモア/Story 26 「受け継ぐもの」

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