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大匙屋

聞かせてもらうぞこの世界の謎を

野の白鳥 (1962年)  



わとそんさん (@doctoruwatson)のtw見て1962年の「野の白鳥」つまりアンデルセンの童話「白鳥の王子」これ初めて知りました。ミハイル・ツェハノフスキー監督は過去にカシタンカを翻訳した関係で知ってましたがこの作品は初見でした。探したらYouTubeにRAWがあったんで速攻で日本語訳。UPするか少し迷ったけど、各国語字幕版が普通に流れてるし、まあいいかと。怒られたら消す。
57分とそこそこ長いので、コロナ引きこもりのお供にでも。

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「雪どけ」というのは若い方はご存知ないかもしれないです。1956年にフルシチョフさんという昔のソ連の書記長がスターリンの独裁を批判して全世界に衝撃を与えたんですよ。それまでソ連でスターリンをちょっとでも批判した人は粛清されてた。それなのに党のトップが批判しちゃったもんだから大事になって、そこからソ連の検閲がちょっと緩くなって、スターリンが弾圧してた文化が許されてわーっと復活した時期があった。この時期を「雪どけ」と呼ぶわけです。まあフルシチョフも急にやり過ぎて慌てたのか、数年ですぐに軌道修正しちゃうんですけど。

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フルシチョフっていうのは功罪あるんですが僕はわりと好きな政治家なんですよ。調べてみるといろいろと面白いおっさんです。アメリカと仲良くしようとしたと思ったらキューバ危機で軽く世界を滅ぼしかけちゃったり、配管工出身で学がないせいで反メンデル学派にだまされ農業政策が壊滅しちゃったり、晩年は盗聴器だらけの屋敷に軟禁され、暴露本をアメリカで出版して党のひんしゅくを買い、公衆の面前で「オカマ野郎」と侮辱した芸術家に自分の墓標を立ててもらったり。頑固で世間知らずでバカで裏表がない。一般庶民がそのまま国家元首になっちゃったような人。そんな人だからスターリン批判ができたのかもしれない。

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「野の白鳥」に話を戻しますが、わとそんさんのtwにある<戦前作でのグラフィックなデザイン性に回帰>のキッカケがその雪どけにあったという視点が僕にはなかったので「ああそういう文脈なのか!」と膝を打った次第。ツェハノフスキーは戦後ソユーズムリトフィルムに参加して子供向けロトスコアニメを作っていたんだけど、戦前元々はグラフィックデザイナー・挿絵画家で黎明期の実験的なアニメを作っていた。検閲緩和によってロシアアニメにも自由化の気風が生まれ、その中でツェハノフスキーも本来得意としていたアート寄りの表現に立ち戻ったという流れだったわけですね。

セルゲイ・カプコフ編著Encyclopedia of Domestic Animation(Энциклопедия отечественной мультипликации 2006年)では本作についてゴシック美術の強い影響が指摘されています。当時は何かにつけ共産主義賛美=スターリン様式全盛の時代ですので、この美術スタイルは当時の観客にとってもよほどエキゾチックに見えただろうと思いますね。このワイドスクリーンはロシアアニメ初の試みだったそうで、映画館の大画面で見る前提らしく引きの絵が強い。

美監の一人マックス・ジェレブチェフスキー(有名な「ブレーメン音楽隊」(1969)のアートスタイルを仕切った人)の後年のインタビューによると、ジェレブチェフスキーは「仕事がなくてソユーズムリトフィルムに求職に行くと、知己だった美術監督ナサン・レルネルが業界の大物ツェハノフスキー監督と大喧嘩してて、レルネルはそのまま出て行ってしまい、いきなり自分が後釜に座らせられた。現場は資金も尽きかけてて混乱を極めていた」的なことが書かれている。「どうにか『野の白鳥』の仕事が片付いた後、監督に『次も一緒にやろう』と言われたが、慌てて逃げた」 ツェハノフスキー監督はパヤオ的人物だったのかもしれない

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