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大匙屋

健康第一のはずが・・・

3回ドカン研究 (2019)その3  


■CLANNAD #11 (2007) コンテ荒谷朋恵
少し近づいたと思ったら急に遠のいていく一瀬ことみ、意識はもうそこにない


■MONSTER #72 (2004) 高橋亨
最終回前、深層の記憶にたどり着くニナ 真俯瞰広角カットは真意不明だがインパクト大

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■北斗の拳 #76 (1986) 又野弘道
トキピンチ、虫の知らせに反応

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■ソウルイーター #11 (2008) 松尾慎
兄にキレる妹ツバキ 青空とカゲのある表情の対位法

3回振り返りも結局のところ演出意図は表情リアクションの強化に過ぎない。ただクリシェと化した技法でも概念的内容は個別にユニークであり続ける。上のツバキのGIFを眺めていても、やはり僕らは3cut目のツバキの表情にグイグイと引き付けられてしまう。

映画学者デイヴィッド・ボードウェルは著書「フィルム・アート」で、オーバーラッピング編集による時間の拡張を頻繁に利用した1920年代ロシア映画の作り手たちの特異性を指摘しています。要するに欧米ではみんな省略に省略を重ねてフィルムの時間を確保しプロットを詰め込むのに、ロシア映画では逆のことをやっていた、時間をジャンジャン無駄遣いしていた。
(※1)

その指摘とは少し離れますが日本映画では時代劇や任侠者に不可欠な特有の立ち姿や振る舞い、仁義、歌舞伎のような大見得切り、そして殺陣の美学など、合理的かと問われれば全然そうではないんだけど無駄でありながら必要なもの、「ここはこうでなくちゃ」っていう、情緒的な要素が日本映画には非常にたくさんあった、インド映画の群舞シーンのようにたくさんあった、そういう流れで3回振り返り演出なども今の時代まで脈々と受け継がれてきているんじゃないかな、と思ったりしますね。


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■やさぐれ姐御伝 総括リンチ/予告編 (1973)

と偉そうにいいながら、やさぐれ姐御伝のこれに影響与えたと思われる元ネタに僕は今だにたどり着けていないのです。
今回は松本俊夫監督の「修羅」(1971年)冒頭の5連続振り返りを紹介したい。


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■修羅 (1971) 松本俊夫監督

強いコントラストと執拗なリピートで強調される浪人・源五兵衛(中村嘉葎雄)のぬっとした表情、やらかして逃げている風、その顔に深い業や醜い欲望、恐怖やおびえ、保身の浅ましさの見え隠れを感じずにはいられないですよね。まさにこれはそういう映画なので。


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余談ですがこの「修羅」という映画は面白かったです。物語にはまったく救いがないんだけど、それがここまで面白いのには本当に驚いた。松本俊夫監督作品って煮ても焼いても食えないようなものばかりなのに、この1本だけ特別な感じさえします。レンタル屋さんには置いていませんがブルーレイもDVDも2千円程度で買えるので興味のある方は是非。もっとも、探せばDailymotionあたりにゲフンゲフン


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1971年の時点ですでにダブルアクションや3回パンをやっている。もちろん出崎さんより数年早い

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さらに終盤の5連続マルチテイク。要するに<5回ドカン>であります。さすがに驚きます。


 

(※1)

「イワン雷帝」(1945年作品)
07:30~ 皇帝即位式において友人二人の抱える器から金貨を浴びせられる祝賀セレモニーだが
どう見ても器の中に用意された量をはるかに超えいつまでも金貨が流れ続けるような時間的拡張が見られる
 
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category: 3回ドカン

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