大匙屋

健康第一

2015夏アニメ がっこうぐらし!  

■がっこうぐらし! http://gakkougurashi.com/
★ほしひとつ
#01配信




事情により学校に止宿する仲良し4人組「学園生活部」の気丈でにぎやかな日々を描く。

というような話でした。ほぼ文句なしの良作です。
本作品のレビューはどうにもネタバレ不可避なので以下ご了承ください。



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僕なりにいろんな批評を読んだのですが、
生活環境をとりまく深刻な事情と、学園生活をエンジョイする姿があまりに別様で不整合であり、
これに消化不良を起こす、という方がそれなりにいるようです。

世界が終わりかけているのに呑気に遊んでいる不謹慎な茶番劇に見えてしまう、
これは無意識において、作中でいうところの「奴ら」の視点に立ってしまっているからです。

呑気に遊んでいる、これが実は彼女たちの闘争なわけです。
なにも武装したりバリ封するだけが戦いではない。

自分達の日常を、一度きりの輝く青春を、誰にも侵させない、邪魔させない、
何があっても絶望しない、楽しみ遊び倒す、喜びがあってこその人生であるという、
これはジョージ・ロメロ以降形成された世界的な一大ホラージャンルに対する
日本アニメ・漫画からのこれまでになく斬新なひとつの回答であると僕は思う。


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そして中盤にユキの「症状」とめぐ姉の詳細が明らかになってくると、
それまでゆるい日常アニメのレトリックを適用してると思われた部員たちのふるまいが、
まったく別の、二重の意味を持つ、過酷な現実への抵抗そのものであったことがわかる。

少女達のきらめくようなたくさんの笑顔が、このとき鮮やかに蘇える。
彼女たちは身近にいた大切な人を失い、憔悴し、悲壮感と喪失感に打ちひしがれながら、
仲間とともに生き残るべく、ユキと一緒に笑っていたわけです。

あとから来たみーくんのユキをめぐる状況改善の提案をりーさんが拒否するのは、
生き残るため、決して絶望しないために自分たちにはユキの症状が必要だからという
非情な選択の完遂であります。


#12
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みんなに守られてきたユキが最終的にみんなを救うことになる。
その前段、放送室にて太郎丸を迎え入れるユキ。

ここは驚くべきシーンです。この発想の凄さ、こんなことは他の誰にもできない。
冷静に牙を無効化したうえで、太郎丸を抱きしめる。
ユキの感謝と慈愛が「奴ら」の怨念を圧倒する。
このシーンによって、ユキはこの物語で最初の勝者たりえたと僕は思う。

そしてこの強烈なシーンがあるからこそ、この後の教室シーンにおいて
ユキはみーくんに太郎丸との別れを任せることができる。

何年か前に「ラッパの音で戦争を止める」というアニメがあって
僕はそれを見て「あり得ない。そんなラッパで戦争が止まるわけない」と思ったんですよ。
「がっこうぐらし」はそれと同じことをやってるんだけど
他の人なら絶対無理でもユキの言葉なら届くのかもしれない、と思わせる、
その理由が上記の太郎丸を招き入れるシーンに集約されてるような気がしました。



#04
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唯一の問題点
ケイがみーくんを置き去りにして丸腰ノープランで出て行く理由が判然としない。

これはちょっと簡単じゃない部分なので仕方ないんだけど、
もしケイに、どうしても行かねばならない個人的理由があったなら、
これにはみーくんも理解・協力して、ケイに同行してしまうだろう。
あるいは喧嘩別れをした場合、みーくんが引きずって一生後悔し続けてしまう。

つまりここで二人が禍根なく別離を迎える、ケイがみーくんと離れて冷静に死地に赴くという
そのための合理的な理由が必要なんだけど、これは表現できてなかった。


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