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UPAと日本アニメの関係  



UPAか~。
なんかあちこちで最近よく聞くんで、リバイバルブームでも来てるのかと思ったけど違った

1940年代後半から、ディズニーアニメに対抗して
「リミテッドアニメーション」を積極的に使った人たち、という理解でいいはず。
UPAが存在しなければ今日にいたる日本アニメの隆盛もおそらくない

僕は長いこと、UPAの中心人物はステファン・ボザストオだと思ってましたけど
この記事を書く前にウィキペディアを見ると名前もちょっと違ってるね。
昔はステファンて言ってた気がするけど、今はスティーブンが正しいらしい。
まあこの手の情報はてきぎ更新されていくものだし、僕の勘違いだったのかもしれない

リミテッド云々はまあ、詳しく知りたい人は調べればいい。
UPAについて、日本側から見た歴史をざっくり書いておきます。


**************

今から60年ほどまえ。
まだテレビアニメなど無かったころ。ていうかテレビ受信機が普及する直前。

昭和27年(1952年)に梁瀬次郎(やなせじろう)という人が渡米していました。
アメリカから日本への、中古テレビジョン輸入事業を興すため。

梁瀬次郎さんというのはヤナセ自動車の御曹司で、後年二代目社長になった人。
当時の彼は、間近にひかえた国内のテレビジョン普及を見込んで、
アメリカから中古のテレビを大量に仕入れて日本で売って大もうけし、
番組も製作して日本のメディア王になることを目論む野心的な青年実業家でした。

そして渡米先でコロムビア映画が配給していたUPAのカートゥンに出会い、おどろいた。
よくわからんけど、これはなんか新しい。あとお金掛かってなさそう。
ヤナセさんは急いでこのフィルムを入手し、日本に持ち帰って社員に見せる。
ヤナセさんの持ち会社「TCJ」は、中古テレビ販売、および番組制作会社として準備中だった。

ヤナセさんの持ち帰ったUPAのフィルム「ジェラルドマック・ボインボイン」を見て、
社員たちは衝撃を受けます。
なんだこれは――。

ディズニーとは全然違う。とにかく絵が動いてない。
背景すんげえ雑。ていうかそもそも、人間が人間の形をしていない。

こういう新時代の、新しいものに触れたときの反応というのは、我々にも想像がつくと思う。
「知ってるのと違う」「なんか凄い」「こんなものは○○ではない!」
賞賛もあったろうし、反発もあったはずです。
でもヤナセさんをはじめ、社員たちはこう思った。
「ディズニーみたいのは無理だけど、これだったら、ひょっとして俺らでもやれるんじゃね?」
こうしてTCJによる国内初アニメCM制作がスタートする



その後曲折を経て、1958年。サントリー・アンクルトリスのCMが誕生する。
これがスタートしたばかりの民放に掛かると、全国に広がる大ヒット。
すぐにシリーズ化され、90秒を越える長尺のものまで作られる。
トリスバーが各地に誕生し、サントリーの業績も向上、CM広告に興味を持つ会社も増えていく。
TCJはテレビ放送の黎明期、電通の仕掛けるTVCMほとんどを手がける会社になりました。

当時のTCJにはアニメ「鉄腕アトム」準備中の手塚治虫が
弟子をおおぜい引き連れ、数ヶ月間の研修に訪れたりしています。

TCJはその後「エイケン」と「ズイヨー」に事実上分裂し
エイケンは「サザエさん」を、ズイヨーは「ハイジ」を作ってそれぞれに成功するわけですが
そこに至る話はいろいろ面白いんですけどまた別の機会に


現代のライトなアニメファンがざっくりと押えておくべきことがあるとしたら、
UPAのリミテッドスタイル、省力作画が
TCJをはじめとする日本アニメーターの解釈を経て「日本化」※され
手塚から虫プロへ、そしてサンライズへ
ズイヨー→日本アニメーション→ジブリへと
日本アニメの遺伝情報となって広く拡散してる事実でしょうか。


※何しろ外国のアニメターが技術指導してくれたわけではないので
フィルムを解析しながら独自に創意工夫していくしかなかったわけです。
まあ日本人はそっちのほうが得意なんですが
結果として、その工夫の過程で日本のリミテッドアニメは独自の発展を遂げた


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60~70年代の虫プロ系作品から、40年を経た今でもわりと一般的に使われてる
直線的な光と影のレイアウトですが、これもUPA起源だと僕は思いますね。


*********

「UPA」が「UPA以前」と具体的にどう違っていたのかについて――
1948年にUPAがコロムビアと契約して
フォックス・アンド・クロウ(コロムビアのキャラ)のアニメを作ってるんですが
UPA以前にコロムビアのアニメを担当していたスクリーン・ジェムズとの比較がわかりやすいと思います。
まあヒマがある時にでも、どうぞ。英語なんかわからなくて大丈夫です。

ていうか、いい時代だね。こういうの簡単に見れちゃうなんて。ため息が出る



Unsure Runts (1946) (スクリーン・ジェムズ)監督ハワード・スィフト



Robin Hoodlum (1948) UPA 監督ジョン・ハブリー

というより、ハブリーもUPA設立以前にはスクリーン・ジェムズに在籍していた人なんで
初期UPA=ハブリーという認識で間違ってない


Rooty Toot Toot (1951)
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