大匙屋

健康第一

2013春アニメ 俺の妹がこんなに可愛いわけがない。  

■俺の妹がこんなに可愛いわけがない。 http://www.oreimo-anime.com/

#12
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告白があると思ってなかったので意表を突かれたというか
あれ?あやせってこういう子やったんや、という新鮮な驚きがあったんで
12話は良かったです
他の各話は、まあそこそこ。わりとどうでもいい


#02
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あやせという子は
寛容さという欺瞞で構成された箱庭に
<桐乃>を閉じ込めたい人かと思ってた

↑のドン引きしてる顔のあやせがあやせの本質ですよね
彼女は桐乃の目を通して見る自分自身に一番興味があって
引いているのはどうしても許容できない桐乃の一面にではなく
実はそれを許容できないでいる自分自身の不気味さに対してです。

この本質を他人に見抜かれないためにあやせはあやせを演じ続けている


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京介はあやせにとって最も与しやすい相手です。
ツッコミを入れてやればそれで済む。

京介の行動は常にあやせの思考の範囲内にあって、そこからはみだすことがなかった。
だから京介の前では、あやせはあやせを演じることに何の苦労もためらいもなかった。
これはあやせの持つナルシシズムと密接に関係しています。
この流れが変わるのは、京介が黒猫と付き合ったからです。

#10
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京介が黒猫と付き合い、さらに別れたことで
あやせは少なからず混乱する。
京介の行動が、あやせの思考できない地点に及んだからですね。
この「思考できない地点」とは、制御できないあやせの本質と地続きであって
同世代と同じようにあやせがよく使う「きもい」で形容される部分
あやせはそれを誰からも隠したい人なので、自然に京介との関係の見直しを迫られる(*1)

京介から見た自分は自分が見て欲しい自分であるかどうか?
あやせはそのことを確認したい衝動に駆られます。安心するために。
簡単に言うと「わたしのことをどう思っているのか?」ということです


#12
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「眠いんだろ。もう帰っていいぜ」
「いえ、まだ」
「無理すんなって。毎日来てもらってるんだしさ」
「迷惑ですか? 私が来るの」

家事全般をそつなくこなし完璧に京介の世話をする日々
ふと気の緩んだ瞬間に出たアクビ、もう帰っていいと言われる

それは京介の配慮だということは理解していても
帰っていいと言われるのは心外なわけです。
あやせはここにいたい。だから「迷惑ですか?」とわざわざ卑屈に聞く。

「ああ迷惑だよ」という答えが返ってこないことはわかっている。
だからこれはあやせのちょっとした甘えです。
京介があわてて否定し、機嫌を取ってくれるのを期待している。
しかし京介の答えはこれまたあやせの思考の範囲外のものだった


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「借りを作ってるなあって思ってな。お前だけじゃなく、いろんな人に」

京介はあやせに世話を焼かれることに遠慮や負い目を感じていた。
そのことは、あやせに<どうしようもない京介との距離感>を印象づけます。
そしてあやせが京介にとって「みんなの中の一人」であることも。


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あやせは言葉でその距離を埋めようとする。
京介が負い目を感じる必要などないと。
みんな京介に感謝しているのだと。

話さなければならないことはたくさんある。
しかし言葉を尽くせば尽くすほど、あやせの存在は「みんな」の中に埋もれていく。
「みんな」を代表して京介と接していることになってしまう。
それはあやせにとって本意ではないのです。

だからこの直後、あやせは結局部屋を出て帰るしかなくなるわけですね。
ここはなんとも悲しい部分です。


ここから告白の流れになっていくのは、ある意味当然と言えます。
女子力や家事全般にユーティリティを見せつけても京介は反応しない。
これまでの二人の関係は桐乃(及び京介のセクハラ)に大きく依存したものだった。
あやせには、もう告白より他に京介を振り向かせる方法がない。
そしてそれが負け戦になることも、あやせは知っている。
京介は桐乃の元に帰るためだけに努力しており
あやせ自身がそれを全力サポートしているわけですから。



ここまですべて、最後のあやせの告白によって逆算的に意味が繋がった部分です。
「アレはそういうことだったのか」みたいな気分の晴れ方があって
僕的にはとても気持ち良かったです。



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ここは演出的な話になりますが
真横から引いた絵でアクションを見せるのはとても難しいです。

中学生の女の子が心情をすべてさらけ出して泣き叫ぶとき
こういう児戯のような動作をするのは当然だろうと思うのですが
真横からの絵だと、かなり客観的な見た目になるので
よほど上手くやらない限り、画面の風景への距離感が生じ、
芝居が必要以上に安く見えてしまう。
こういう難しいシーンを逃げずに描写したことは評価するのですけどね。

思い出されるのは「中二病」で実家に帰る六花を駅のホームで止めに来た凸守のシーンですか。
あれもカット割とフレームワークで芝居作って、妄想バトルも混ぜてましたよね。
やっぱり普通に作るとソープオペラになっちゃうからかな。



あともうひとつ
12話ラストシーンのあやせの表情はとても良いと思いました。
これはあえてスクショを載せませんけど。


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あとこの写真撮ってるの何だったんでしょうね?





(*1)
ここは大変わかりにくいと思いますが
あやせにとって「京介を好き」という気持ちは理解しがたい=「きもい」もので
親友から兄を奪う、ということも倫理観として許されない行為であるため
「京介のほうからしつこく近づいてくる」のを「あやせが全力で排除する」関係が
延々と続くことがあやせにとって京介・桐乃との関係を維持する理想形態なわけです

もちろんこれは一時的な関係に過ぎませんが、あやせはそのことに気づいていません
そしてセックスが介入しないのは、あやせがまだ子供だからです




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