大匙屋

健康第一

2012秋アニメ PSYCHO-PASS  

■PSYCHO-PASS http://psycho-pass.com/

#11
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「神回」なんちゅう言葉がありますが
この第11話では僕もすっかり画面に釘付けになりました。

中盤まできて、ルール外の現象を持ち込んでくるとは思わなかった。
この回のマキシマは、ここ数年のアニメキャラでは見たこともない
圧倒的な存在感を瞬間風速的に発揮しますね。いやこれはお見事です。

まあひとつ残念なことに、この2クールのシリーズ自体も
結局この11話のインパクトを最後まで越えられないわけですが。


ヘルメットとシビュラ露見によって社会の仕組みがグラついていく過程で
僕らは当然のようにマキシマが覇道を進むのだと期待するわけじゃないですか。
大衆を扇動し、意のままに操り、シビュラ自体をも呑併して
鴻上と常森の前に不倒魔王として君臨してくれるのだと思うわけじゃないですか。

でも現実には、マキシマは孤独なチンピラに回帰していくわけですよ。
「え? なんで急にバイオテロ?しかも単独で?」みたいな拍子抜け感覚ですよ。
彼の行動選択がいちいち場当たり的に見え、
これじゃあむしろ厚生省タワー襲撃の一件のほうが浮いて見えますよ。

お前、稀代のカリスマじゃなかったんかよと。
その農学博士だってわざわざ殺す必然性もなく、魅了して連れてけばいいわけで。
でもそうすると、鴻上や公安が追って来れない。
それって結局、事実上の接待プレイですよね。(*1)


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あの清潔で小奇麗な「奥の間」の風景もなあ。
なんていうか、間抜けでシュールなんだけど、そこに狂気は感じない。

あの部屋の風景は話のキモなんで、もっと目に焼きついて、
思わず夢に見てしまうような、おどろおどろしくとんでもない光景を
作れなかったものか。
絵にすると普通なんですよ、発想が。クソつまらない。あれでは愕然としない。
これはぶっちゃけ監督の美的センスと力量の部分でしょうけども。
実写映像だと、また印象も違うのでしょうけどね。


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あーなんか、そういう人やったんや?

演出では必死に知的ペダントリやら文学的スノビズムを匂わせつつ
彼ってカリスマなんですよと繰り返し説明しておいて
瀕死の重傷を負ったとたんに全力で逃げながら
「ああ僕、いつのまにかこんなに生命に執着してる」
「生きてるってスバラシイ! こんなの初めて!」

この男、結局全存在を賭けた一世一代の大勝負をしてない。
逃亡に命を燃やし尽くしてる。

仮に鴻上との出会いで自己の解放に至ったのだとしても、
その境地に彼がたどり着いた必然は描けていない。
マキシマの本質を穿つ会心の一撃を、鴻上が加えてるように見えないから。
叙情的なBGMと美しい背景美術でごまかしているけど、
制作スタッフはそのことから逃げた、と僕は思いますね。


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マキシマがシビュラの矛盾を暴露し、ディストピア管理体制が崩壊、社会が混乱。
そして鴻上がマキシマを殺す。人類の未来はこれからだエンド。
最終話直前まで、僕はこうなると思ってました。

ところが実際には、絶対にないと思われたシビュラの譲歩。
あろうことか、シビュラによる自己批判と体制健全化の可能性までほのめかす。
これはいい意味で驚きました。

まあ結果として常森は身動きが取れなくなるわけですが、
新世代の投入で希望まで持たせる結末には、逆に戸惑いすら感じます。


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「これまで、悪を憎んで、正しい生き方を探し求めてきた人々の思い、
その積み重ねが法なんです」

「より良い世界を作ろうとした過去すべての人たちの祈りを
無意味にしてしまわないために。
それは最後まで頑張って守り通さなきゃいけないんです。
あきらめちゃいけないんです」

常森の説く、あくまで遵法を尊ぶ精神のあり方は
べき論ではあるけれど、状況の整理に極めて有用であります。

凶悪犯の脳みそを使った寡占政という冗談みたいな体制下だけど
それさえも先人たちがより良い世界を作ろうとした結果なら
評価とは別に、その先人の思いを尊重しなければならない、という。

でもそれが常森の第01話からの一貫した姿勢であるわけです。
成長を遂げたことで、言葉にして説明できるようになった。
人は暴力や犯罪といった理不尽から守られるべきで、そのために法がある。
常森の処遇に関するシビュラの翻意は、この一連のダイアログの
ドミネーターを介した傍受が起点なのかもしれない。


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余談ですが2ちゃんねる的なもの。

よく匿名性について議論がなされる時
意見は匿名・実名を問わず内容の正否で評価されるべきだと誰もが言いますが
それだと作中のシビュラのあり方を合理的に批判できないんですよね。

ここは虚淵玄の仕込んだちょっとしたアイロニーだと思いますが
ねらーはどう思うのかなあ。




(*1)鴻上との決着を望むマキシマがヒントを残していったという解釈は可能。
ただしその場合、施設停電時の「やってくれたな」というマキシマの台詞が矛盾する。

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コメント

第1話で、犯罪係数上昇により、人質が狡噛にドミネータを向けられる状況を目の辺りにした朱の起こした行動を「朱自身の善悪の判断」によるものと受け止めていたので、11話における「引き金を引けなかった朱」へと繋がってくれなかった。少なくとも2-10話にて朱がそうなる過程は見出せませんでしたし。
それがなければ槙島の「悪のカリスマ」をもう少し真っ当に受け止められたかな…、とは。
カリスマを演出する為に犠牲にするものがどうなのか、そもそもの第1話のそれも朱を立たせる為に存在した「だけ」でしかない?と思い至り、このエントリーで触れられてる槙島の登場と凋落までのそれと、1-11話までの朱は類似するものがあるかな、と感じました。

11話は単純に話数担当者(コンテ演出)によるお手柄かな、と思います。
序盤の内容を知らずに見た方が確実に楽しめただろうな、と。

URL |  #-
2013/04/25 11:56 | edit

あー、1話に関しては、ドミネータの非殺傷モード前提だから
狡噛を撃てたということじゃないですかね?
この場合シビュラも「狡噛なら撃ってもいいよ」と言っている。

11話に関してだと、散弾銃なんで友達に当たるかもしれないし
ドミネータを信頼してる限り
シビュラが「槙島は犯罪者ではないので撃つな」と言っているわけで。
でも実際どうなんだろう?

URL | 管理人 #pBoZlR9Y
2013/04/25 19:42 | edit

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