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健康第一

2011冬アニメ GOSICK -ゴシック-  

GOSICK -ゴシック-
http://www.gosick.tv/

第09話「人食いデパートに青薔薇は咲く」

買い物のため首都ソブレムに出掛ける九城と、学院から出られないヴィクトリカ。
九城が一人で普通に出掛けると、ヴィクトリカが必要以上に寂しそうに見えてしまう。
そこで作り手は、ヴィクトリカには風邪を引いて寝込ませ、身動きを取れなくした上で
九城には列車でそれとなく心配させる。

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その前振りとして九城の姉に浴衣を贈らせ、ヴィクトリカを浮かれさせて、
着付けに失敗して寝冷えするところまで仕込む。
見舞いに来た九城にヴィクトリカが悪態を吐くのは、余計な心配をさせないため。
これは九城に対してというより、むしろ視聴者に対して。
これで自然に二人の別行動が整合性をもって成立する。
こういう女性作家ならではの緻密な気配りの作劇が
この作品の美点のひとつ。

しかしながら、安楽椅子探偵物と思わせて
肝心要である各話のトリックやミステリ要素は稚拙過ぎて頭を抱える水準で、
ヴィクトリカの推理につきあってミステリ展開を楽しむのは
ほぼ不可能。

ところが、第12話の日常回をはさんだあと
第13話からスタートする「リバイアサン」をめぐる後半の展開は
まるで別作品のように面白い。
第20話・21話のココローズ事件に至っては
入れ替わり殺人なんだなと最初にわからせておいて
さまざまな立場と思惑・時系列が複雑に絡み合う重厚な展開を
流麗に見せてくれる。

こんな凝った話を書ける作家が、何故同じシリーズ内で
勝手に山車の上にワープする死体や
立ったままミイラになる話などを平然と書くのか、不思議でしょうがない。
好意的な解釈を観客に強要するミステリなど成立するわけがない。
こういう点でいろいろ言われるのは、前半のこの出来では仕方がなかろう。

アニメのストーリーがどこまで原作小説通りなのかは知らないが、
少なくとも素直な精神のぶつかり合い、情緒的な部分で
感情を揺さぶるのはそこそこ上手いにせよ
物理現象や空間認知で読者を騙すのが相対的に不得手な作家ということだ。



最終話に関しては、ボーイミーツガールの物語としてならアリだろう。
ゴスロリ美少女探偵の物語としてなら、超展開で放置されたまま。
だが、そういった話は気にならないほどヴィクトリカは感動的な愛らしさを見せ、
結末を見届けた視聴者には一定の高揚感と満足感がもたらされる。

もともと架空の国家が舞台なので、現実の歴史と食い違っている部分は問題ない。
むしろ全編を通して丁寧に描かれるアールヌーヴォーの美術様式や
フラッパースタイルの20年代ファッションなどに細かい見所が多い。


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なぜゴシックではなくヌーヴォーなのか、
そもそもGOTHICでなくGOSICKとは一体どういう意味なのか。
そのへんはさっぱりわからない。多分重要なことではないのだと思う。

結局は、あまり深く考えずにヴィクトリカの可愛さに酔い痴れるのが吉か。




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