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追悼記事 増尾昭一さん  

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過日。増尾昭一さんの急な訃報は、比較的大きな扱いにて各メディアに取り上げられた。増尾さんが積み上げてこられたキャリアは控えめに言ってもこの処遇にかなうものだが、大作の監督でもなく、一般に知名度も高くない一人のアニメーターとしては異例の扱いといって差し支えないだろう。今更ながらエヴァンゲリオンという作品のネームバリューに驚かされる。

ただ少なくないサイトが訃報に貞本さんのエヴァ版権絵を引用していたのは残念だった。よほどコアなアニメファン作画ファンでもない限り、みんな増尾さんの仕事内容がよくわからないのだ。それは溢れかえるような追悼TWとともに、イアキ氏作成の増尾MADが繰り返し引用/転載され続けたことからも窺える。


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■「特技監督」とは何か

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ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 (2007)


「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 : 序 全記録全集」内の増尾インタビューによれば、増尾さんの担当仕事は

(1)マッキー特効やコピック特効などアナログ時代の小技のデジタル置き換え等から作業スタート
(2)背景などで庵野のイメージする画や欲しがる画に必要な工程をパターン化
(3)2D関係のエフェクト (アナログとデジタルの橋渡しのような中間的作業)
(4)特効、上がってきた画に加える効果、2Dと3D両方で

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言うても爆発の増尾ですから、担当するシーンは当然メカアクションやバトルシーンが中心のはずです。市街地なら市街地らしくビルを作って、キャラを配置して馴染ませて、爆発させてエフェクト作って破壊して――庵野秀明が脳内に描くイメージを、増尾さん率いる若手中心のデジタルチームが映像にして具現化させる。
つまりこれら増尾さんの作業とは、特撮映画に当て嵌めれば特撮監督=特技監督にあたる仕事なわけです。
わかるような、わからないような?


――では、「特技監督」とはそもそも何なのか。「特撮監督」とはどう違うのか。


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森 岩雄(もり いわお、1899 - 1979)  映画プロデューサー

戦前の創立から50年代の黄金時代まで製作本部長として東宝映画を率いた森岩雄P。東宝映画といえば文芸作品より庶民向け娯楽大作のイメージが今でも強いですが、その礎を築いたのがこの方。戦中、低俗な娯楽作品やめろ翼賛会の方針に沿って文化的かつ高尚な映画を作らんかいと圧力を受けてもやかましいわと突っぱねて憲兵にボコボコにされた気骨の持ち主。

この森岩雄さんが、可愛がっていた円谷英二に与えた役職が「特技監督」であります。

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円谷 英二(つぶらや えいじ 1901 - 1970) 特撮の神様

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「ゴジラ」(1954)/「ゴジラの逆襲」(1955)

1954年の「ゴジラ」で空前の成功を収めた後、森はすぐさま第二作「ゴジラの逆襲」製作を指示。前作の成功を受けて、仮住まいから前作の数倍の規模にあたる特撮専用スタジオが急きょ建設され、合わせて特撮班の待遇も大幅に改善された。その待遇改善の一環として、特撮チームを率いる円谷に「監督」を名乗らせることになったわけです。部下にとっても、上司が「班長」より「監督」のほうがずっと誇らしいでしょうからね。


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有川貞昌(ありかわ ていしょう 1925 - 2005)/中野昭慶(なかのしょうけい 1935 -)

円谷英二の引退後は弟子の有川貞昌が二代目特技監督を引き継ぎ、有川の東宝退社後は中野昭慶が三代目特技監督を引き継ぎました。
つまり、「特技監督」には「東宝映画・円谷特撮の伝統を引き継ぐ存在」という重要な意味があり、ほかの映画会社の特撮監督とは違って、一つの時代には只一人しか存在していない。

そしてこのことを、特撮博物館なんてものまで開催する特撮マニアの庵野秀明が把握していないはずがないんですよ。
誰より特撮を愛してやまない庵野秀明その人が、自身のキャリア集大成たるヱヴァ新劇場版において、増尾昭一さんに「特技監督」の称号を与えた。
もちろん名誉職としてではない、そんな形式的なことを庵野秀明はしない。増尾さんの仕事はまさにそれだ、自分たちが子供の頃に憧れた特技監督そのものであり、今の時代にそれは貴方一人しかいないんだと。それが庵野秀明の、増尾昭一という才能に対する評価なのですね。

そしてここから逆算して考えていくと、増尾昭一さんがヱヴァ新劇場版においてどういった仕事を担っていたのかも、おぼろげに見えてくると思うんですよ。要するにもしもエヴァが特撮映画なら、その特撮全般を増尾さんが責任者として仕切っていた、と考えればいい。






■中野昭慶フラッシュ

これは80年代にガイナックスがやり始めたエフェクトですが、発案/命名者は樋口真嗣or庵野秀明or増尾昭一と諸説あり今だに判然としない。僕は増尾さんの功績に入れちゃっていいんでないかと思ってるんですけど。


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トップをねらえ! #05 (1988)
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ふしぎの海のナディア #31 (1991)


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そもそもこの「フラッシュ」は中野昭慶特技監督が爆発エフェクトの前によく使う謎の光のことです。ガイナの中野フラッシュはスミア的閃光とワンセットになっていますが、中野昭慶さんがこの横一文字の閃光部分を常用していたわけではありません。
以下はそれっぽい横の閃光がある部分を探したもの

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クレージーの大爆発 (1969) 特技監督:中野昭慶

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ゴジラ対メカゴジラ (1974) 特技監督:中野昭慶

この横に伸びる光の正体はシネスコ用のアナモルフィックレンズの特性によるレンズフレアで、コントラスト下で受光部が極端に強い光を受けると偶発的に発生するんですね。この特性のフレアを効果として活用したアニメもわりと前からあります。もちろん、それっぽく描いてあるという意味でですけど

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劇場版 銀河鉄道999 (1979)

↑これとかですね。

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まったくの余談ですが昔の映画のEDクレジットなどにパナビジョンのロゴがあったら、その作品はアナモルフィックレンズの提供を受けてますよという意味らしいです。


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(OVA) 幻夢戦記レダ (1985)

レダの増尾パート、その後の中野昭慶フラッシュに至るT光エフェクトの未完成形にも見える

時系列的にはこの時期メガゾーンの作業中に樋口さんがグラビトンに押し掛けたはずで、増尾さんと樋口さんの出会いも84年ごろと思われる。樋口庵野はその後大阪で八岐大蛇の現場に参加、樋口さんはそのまま1年以上大阪に居着き、3人が再び合流するのは2年後の王立から。どこかで中野フラッシュに関しての何らかの知見共有が3人の間であったはずだけど、具体的に語られてる資料を見たことがない。そのうちぽろっと何か出てくるかも。
いずれにせよトップナディアを経て完成された中野昭慶フラッシュはガイナの伝統芸になり、やがて外部にも伝播されていった。

伝播されていったというか、伝播したのが当の増尾さん御本人っぽいんですけど。→ 


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ケロロ軍曹 #252 (2009) 佐藤昌文回 (上下トリミング) サンライズ

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伝説の勇者の伝説 OP2 (2010) 川崎逸朗 ゼクシズ




■中野爆発と増尾破片

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連合艦隊 (1981) 特技監督:中野昭慶

80年代に増尾さんがよく描いていた破片に似ている。形状といい、タイミングといい。以下イアキMADご参照ください。


イアキさんの増尾MAD part1

増尾昭一(Shoichi Masuo) 爆発作画集(Effects drawing) PART1 from rakudai on Vimeo.





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category: アニメ

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