大匙屋

健康第一

2017春アニメ ID-0  


■ID - 0 アイディー・ゼロ http://id-zero.com/

空間転移を可能にする未知の鉱物「オリハルト」の発見により人類が宇宙進出を遂げた未来世界。試掘現場で突発事故に遭ったアカデミーの学生マヤは、民間採掘業者エスカベイト社の宇宙船に救助されたが、自分が罠にはめられ不正取引の主犯として指名手配されたことを知り、促されるままにエスカベイト社で働き始める。


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スランプ続く名監督谷口悟朗、脚本黒田洋介のスクライドコンビ+制作サンジゲンの3DCGによるSFアニメ。世界コスプレサミットの小栗徳丸Pが谷口監督の幼馴染で、二人の数十年ぶりの再会から企画がスタートしていったという変わり種だそうです。

内容はスペオペ要素もあるSFだけど序盤は学生ミクリマヤを中心とした宇宙お仕事物といった趣き、中盤から移動天体ラジーブをめぐる騒動とエスカベイター・イドの出自にまつわる謎が物語の中心となる。ちなみに「ラジーブ」とはサンジゲンの重役カルキ・ラジーブ氏にちなんだ名前とのこと


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エスカベイト社は一般企業でありメンバーは軍人や戦闘員ではなく探鉱夫、労働者である点を強調したい意向だったようだが、画面から受ける印象はあまりそういう感じでもなかった。せわしなく事件や問題が発生し労働を描く暇がないせいか、あるいはデザインが洗練され過ぎてスマートかつスタイリッシュだからか。見た目にも華やかな美人を配置しある程度オシャレじゃないと、むさ苦しい愚連隊みたいな集団ではお客さんに興味を持ってもらえない売上が見込めない的な製作の計算もあるだろう。いずれにしてもソーラン節の導入など各所不合理で、意図した成功を獲得してるようには見えない。ジジイ&おっさん成分が足りない。

つかメカデザイン、別に良くないですよね。海老川兼武という人のメカデザインは何をやらせても面白味がないと僕は思うんだけど(この方のモニターグラフィックだけは凄く上手い)なんで採用されるんですかね。
多分、僕の感性がズレているんでしょう。

#12
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ラジーブが接近してきて軍ボロ負け人類存亡の危機、一度はトンズラしてどっかに移住するという立案がありながら、結局はイドの意向に全員喜んで付き合うという謎の空気が醸成され、あとは終盤の詰め込みによる巻きの雰囲気と勢いで突撃が開始される。ハリウッド的なヒロイズムではなく、仲間キズナ第一主義なところが日本アニメ的であり、それも谷口作品らしいところ。

でも彼らには本来、あそこで逃げられない理由があるはずなんですよ。
人類存亡の危機という局面において、なぜ軍人でもない彼らが身を捨ててそこに立ち向かえるのか。これはとても重要な命題で、彼らにとってはあの場面で逃げるよりラジーブに突撃するほうが幸せな理由がある。
要するに「自分が存在していたということを誰かに覚えていて欲しい」ということです。

彼らは一様に帰属社会からはじき出され、忘れられた人たちで、エバートランサーに至っては生きているのか死んでいるのかさえ自分でもわからない。自分は本当に生きているといえるのか、彼らは繰り返し自己に問い続けてきたわけです。カーラが肉体に拘泥して仲間を売ってしまうのも、イドがそれを理解するのも、リックが所属していたレース業界の動向に注目するのも、突き詰めると理由は全部同じで、(仲間以外の)誰も自分を知らない、自分という存在の曖昧さが不安で仕方ないからなんですよ。

だから彼らにとっては、最終局面でラジーブに突撃するのは「労働」などというレベルの話ではない(はず)。自分の存在を人類に認知してもらう千載一遇のチャンスであり、安全な場所に逃げのびて幽霊のように長生きするよりも、それは生き様としてずっと価値がある。彼らは自ら生まれに行った、再誕を目指して突撃したわけです。だから、あそこでソーラン節=労働歌はやっぱり違う。



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モデルは非常に美しく、よく出来てるんですけど。マヤ、別にいなくてもよかった。
#04の救命で一応役に立つものの、デルタ9の掘削にしろイドの見積りを補完する程度の仕事しかしてない。中盤以降アリスのお守り&オペ子に専念、社長からは指示待ち人間呼ばわりされ、その汚名を返上する活躍を見せることもない。

物語において男女の出会いは、互いの世界観が逆転するほどの衝撃をもたらすべきと僕は思うんですよ。
これは、必ずしも恋愛関係を結ぶ必要はない話です。しかし「イドの犯した罪、過去」を明らかにする真相解明部分、あるいはすべての問題解決に関わる最終ステージに、なぜマヤが関わらないのか。マヤは何をするためにこの物語に登場したのか。
マヤと出会ったことでイドの価値観が大きく変わる、あるいは最終的にマヤだけがイドを救える、という話でなければ、二人が出会った意味がない。


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2017春アニメ 武装少女マキャヴェリズム  


■武装少女マキャヴェリズム http://machiavellism-anime.jp/

外部から不良少年を受け入れては「武装女子」が矯正する、そんな更生施設の側面をもつ名門校「私立愛地共生学園」にアウトロー納村不道(ノムラ・フドウ)が転入してくる。平穏を愛する自由人ノムラだが、学園屈指の実力者集団「天下五剣」は彼を放置せず、矯正を名目とした刃傷沙汰が始まるのだった。

というような話でした。


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伝統的なヤンキーマンガ、番長マンガのフォーマットに当世風のロリ美少女を敵役として配置した作品です。「天上天下」や「一騎当千」、また「監獄学園」等とは違い肉体的エロスや女性美をことさら強調せず、バトル展開や技解説ウンチクに至るまでワリと丁寧に作り込まれた剣術設定の硬派さと、比較的チョロいヒロインたちのデレっぷりとのギャップが独特の世界を形作っていますね。


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刀剣を用いる「天下五剣」に対して主人公・納村不道(ノムラ・フドウ)は武器道具を使わない徒手空拳の使い手で、軽薄そうな物言いとは裏腹に粋な男気を見せたり時にしびれるような自論を吐いたりするので好感度は非常に高いです。

一方で彼は降りかかる火の粉をその都度払っているだけに過ぎず、彼自身の持つべき行動目的などを明示しないため、シリーズ全体の縦軸・大きなストーリーはどうしても弱いです。




・アモウ
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この作品で一番失敗してるのがラスボスの女帝、彼女はあまり魅力をもって描かれていない。最大の脅威がカウンター攻撃という点も消極的だし、そもそも何がしたい人で、なぜ突如として殺戮に及んだのかも曖昧であり、目的がわからないから手段を選んでいるのかどうかもわからず、「手段を選ばない人=マキャベリズム」を体現していない。そして武装もしていない。

#09
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さとりの写真が届き、それが挑発となって女帝が動いた――という流れのようなのですが、わかりにくい。
因幡月夜が最初スルーされる点から考えると、恐らく「ノムラと仲良くしてる五剣むかつくブッ殺ス」という流れの話なんだと思うんですけど

さとりの写真を入手し、それを使って女帝を動かした人間がいるわけでしょう。そこを話の主軸にしたほうが面白かったんじゃないですかね。ていうか、それを見せなくてどうする





・OP
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このアートディレクションは松根マサトさんの仕事ですね。軸をズラした3つの三角形が奥行を作ってる。
そういや全体的にカッコよかったOPでさえ女帝のカットは地味だったな



#02
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シャワー、体表面を流れていく水の表現(左ノーマル、右は明度-60)


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