大匙屋

健康第一

稲野義信さんについて僕が思う事  



■銀河鉄道999 #52「透明海のアルテミス 後編」1979


いやー結局僕にはまだ、よくわからないままです。
わかったのは湖川さんからの大きな影響、あと二宮さんと、
それから時代的に漫画界のニューウェーブの影響は必ずあったはず。

いとーさんは「一目見て鮮やかに目に飛び込んでくる感じ」と言ってたけど
美術との兼ね合いや情報量の差なんかもあるだろうし
「これが今につながってるリアル系のはしりだよ」みたいな部分が
今ひとつ僕には把握できてない

フォロアーたる人たちの作品をじっくり検証していけば
もう少しいろいろ見えてくるのかもしれないです。


(1)ほぼ個性と言っていい、とても細やかな手の芝居
(2)デッサン調のフォルムとシンプルな線で表現される立体感
(3)稲野的モブ(たいてい虚ろな三白眼)

パートを特定するときに目安になるのはこれくらいかと。


スタジオバードの面子では及川さんの仕事が僕にはまったくわからない。
ただ仲間三人で10年近く一緒にやれたということは案外ヒントになるかも。
アニメタなんて芸術家ですから、10年も一緒にいられるもんじゃないです。
これは彼らが本当に仲が良かったのに加えて、
各自の役割分担がはっきりしてたからだと思うんですよ。

兼森さんはクオリティコントロールに軸足を置く典型的作監タイプなので
及川さんがあまり目立たないところで二人の調整役を買っていて
作画的にとんがった部分は全部稲野さんが担当してたと考えることもできる。
っていうか、僕にはそうとしか考えられない。まあ完全に憶測ですけど。


■マグネロボ ガ・キーン 27話 1977





この回は市街戦でメチャクチャやる話なんですが
稲野モブが大活躍

ビルをもいで弾除けに使うなど、ガキーンもえげつない事してて笑えます。





どアップで吹っ飛んでいく人体とかw
ほぼ肉眼では見えませんし、これが演出指示とは思えないけどどうなんだろ


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■1000年女王 1981年

この作品は、作画的な見所はたくさんあるんだけど
お話のほうは登場人物があまりお利口じゃなくて、見ててつらいです。
お利口じゃないっていうか、ほぼ全員バカ
これじゃあ当時の松本ブームも終わるわという勢いで。
正直全然おすすめできないレベル

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稲野さんは作画的にはこの時点でほぼ完成のレベルにあるように見える。
「松本キャラ」以外の造形なんかで顕著ですが骨格感のあるとても立体的なフォルム


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このあたりには湖川さんからの強い影響が見えますよね



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ちなみにこれは1000年女王ではなく、999からですが(左#12、右#32)
こういう広背筋を強調したポーズって当時の東映にはなかったと思うんですよ。
これを東映に持ち込んだのもバードじゃないかな。
これらは後に北斗の拳なんかに繋がっていきますよね。


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稲野さんが二宮さんから受け取ったもののひとつなんじゃないかと
思ったりするんだけど、どうだろう






Togetterで小林治さんの発言にあったんですが
「999でスタジオバードの回で鉄郎が走るときの髪の毛の書き方が特徴的だった」
というのは、999じゃなくて1000年女王のことじゃないかと思う。
こんな風に妙に枚数を使ってハジメの髪を動かしてるシーンがいくつかあります。





これ、僕の好きなシーンです。29話ですね。
マントのたなびき、これくらい描く人は当時だって他にも居たと思うけど
最初のフカンのシルエットとかも含めて、絵全体に品がありますよね
絵によって一瞬空気が変わる感じ。作画が演出を凌駕する瞬間。


■パタリロ! 第06話 1982年




これはすげえ
わかるかなあ、この凄さ
作画として上手いのももちろんですけど

これはパタリロが療養中の実母に会いにいくエピソードで
母親エトランジュが初登場するシーンなんですよ。

夫であるマリネラ国王が死んで、エトランジュは妙齢の未亡人です。
息子との面会のために入室してきた、それだけなのに妙な色気があるのは、
この部屋にパタリロのお供で来たバンコランがいたからなんですね。


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Bパートにおいてバンコランが悪人相手に窮地に陥る、
それをエトランジュがボウガンで撃って救うんですが
息子そっちのけでバンコランに駆け寄る未亡人は
女であることをまったく辞めていない。

この「女であることを辞めてない」という情念が
冒頭の手の芝居(それも一瞬の)に込められてるわけです。
これも技術によって作画が演出を凌駕してる好例です。


まあ、結論を言うと稲野義信マジすげえ
そんな感じですかね。何かの参考になれば。なるのだろうか

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category: アニメ

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おしらせ  

またしても配信にお邪魔することになりました
今週はこれの準備で他の事が手につかなかった
僕は稲野義信さんについては基礎知識くらいしかありませんが
まあ主にリアクション要員として

そろそろ僕の無知が本格的にバレるころだと思うんですが
この界隈を盛り上げるためならすすんで恥もかくよああかくとも


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http://blog.livedoor.jp/shikohitomakoto/archives/34227450.html

ラジオ第5回配信告知
カテゴリ
shikohitomakotoshikohitomakoto Comment(0)
【時間】

10/26(土) 20:30頃~

【配信URL】
http://shikohitomakoto.ninja-web.net/

【出演者】
いとう、シコ火+大匙屋さん(ゲスト)

【作画テーマ】

アニメーター偉人録  第5回・稲野義信さん

【参考資料】

「聖戦士タンバイン」(1983年)

第2話「ギブンの館」 脚本:富田祐弘 ストーリーボード:斧谷稔 演出:関田修 作画監督:湖川友謙

「ゲゲゲの鬼太郎(第3期)」(1985年)

第82話「妖怪串刺し入道」 脚本:大橋志吉 演出:芹川有吾  作画監督:稲野義信

その他パート多数

【予習リンク】
稲野義信さんのこと - Togetter
作監シンドローム~稲野義信
「稲野義信を味わおう!」
ダンバインでの稲野さんの仕事
いなのん先生の「恋のミラクルビーム」
ニッチな作画ネタ3:ブレイク「以前」の磯光雄作画

category: アニメ

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2013春アニメ レッドデータガール  

■RDG レッドデータガール http://rdg-anime.jp/

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うーんこの

主人公に理解できない話や秘匿される情報は視聴者にももたらされない
この素っ気なさは明確に好みの別れるところでしょう
多くの人は序盤で興味を失ってしまうかもしれない

こういうのは「玄人好みです」とでも言えばいいのか
いやもっと売れるように作ればいいじゃんと思うんですが、どうですかね


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ひょっとしたらこの企画は特殊能力持ちの女の子を
生物ドキュメンタリーみたいなスタンスで客観的に描いていく、
そういう方向性も初期段階では存在したのかもしれない
ご丁寧に毎回繰り返される冒頭のアノテーションは
その名残かもしんないですね

しかし出来上がった作品はイズミコの主観視点に特化していて
レイアウトもイズミコのアイレベルを意識したものが多く
ドキュメンタリーとは真逆。だからこのアノテーションも
レッドデータガールという題名さえも作品内容からは少し浮いてます。
少なくとも僕はそう感じるですよ。


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イケメン
親父が息子の自尊心を刺激しつつ計画通りに導いていく様は軽妙です
息子も親父の腹はわかっていて、それでも結果的に従ってしまう
そのストレスがイズミコに向かうという、三者の関係性の構築は完璧と思う

#06
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長野行きの列車内
恋話モードからマスミの話題に転換する瞬間のトンネル入り
窓の向こうに映る影がマスミのいる世界と旅先に立ちこめる暗雲を象徴する

#07
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タビのいなくなった厩舎を片付けるマナツ
ここも同じですがマナツは死に片足を突っ込んでいるので影の中にいて
これが日向にいるイズミコたちに対応してますね

マナツというのはいつ止まるかわからない心臓を抱えていて
三つ子の共有記憶を構成する重要ファクターであるタビを失ったことで
心にぽっかり穴があいた状態


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それがこのだだっぴろい馬場の絵に繋がる。
このあとマユラが現れて、そこでマナツを迎えに来る馬がマスミです。
マナツはマスミやタビのような突然の死によってすべてが無に帰すのを避け
マユラのそばに永久に居続けるためにマスミ同様、神霊化しようとした

「マナツの心臓はいつ止まるかわからない」という前提がつかめてないと
この経緯はまったく意味不明になるので注意が必要ですね

ていうか、このあたりの脚本はハッキリ言って出来が悪いです

#05
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このスカートの作画いいですよね


#11
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イズミコ激おこ
ここは「待ってました」というより「やっとか」みたいな
おびえる外人の後ろでイスが風圧で吹き飛ばされていくのが良かった

なんだかんだで破綻や逸脱のない落ち着いた展開は楽しめはしたのだけど
やっぱりこういう派手なシーンがもっとあったほうが嬉しかったかも


#05



図書館のシーン
よく出来てるとまでは言わないけど、かなり凝ってるというか
すっごい手間が掛かってそうな

#06



戸隠
PAの作品、美術はここ数年ずっとイースターか
一般に言われるほど高密度ではないと思うけど、ちょっとしたオンリーのカットでも
引きを入れたりして凝った作りにしてくれる
あちこちに素晴しい絵がありました

#01



クレーンショット
これはファイルサイズの関係で一部分だけ。是非本編を。
微妙なパース変化とフェアリングが気持ちいいです




category: アニメ

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2013春アニメ 変態王子と笑わない猫  

■変態王子と笑わない猫。 http://www.henneko.jp/

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うーんうーん
これはどうしたものか
とりあえずキャラはめっちゃ可愛いです。
このシリーズ、ビデオの1巻は6000本近く売ったそうで

ただキャラがかわいいだけなら、そんなに売れるわけがないんですよ。
大勢の人を惹きつける理由、この作品ならではの大きな魅力は必ずあるはず。
でも僕にはそれがよくわからない・・・

序~中盤まで主人公の行動選択に共感できるところが少なく、やたら退屈。
これが第08話以降、エミの登場で物語にミステリ要素が加わり
このへんでやっと少し面白くなった。


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過去の事象や選択が現在に影響を及ぼす構造はちゃんとあったことになる。
けどこれだけでは遅いし、他にも何かあるはずなんですよ。
序~中盤に何か受ける要素が。
それが何なのか全然わからねぇ
これ、感想ブロガーとしちゃ完全敗北なんだけど
もうほんと↓こんな感じで


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とにかく、ギャップが描けてねえ。
建前しか言わない横寺と本音しか言えない横寺の差異とか
横寺の建前を渡される前、渡された後の小豆アズサとか
幼少の月子と表情を失った現代の月子とか

こうした変化の前後の姿に明確な違いが見えないんで
この作品にあるはずの良さはそこには出てない気がする。

小豆アズサを猫像の丘に連れて行く過程で説得できるのは
横寺が本音でしかしゃべらないから、というのが前提なんですよ。
それなら、アズサから建前を取り戻したあとの横寺というのは
常に本心とは別のところに立てている原則的な方針がある人で
それがその後のトラブルや物語の起点になっていかないとおかしい

でもそういうの、ほとんど気にせず進行しますよね、この話。
04話以降、本音とか建前とかはほぼどうでもいい話になってしまう。
こういうのって原作者とか制作サイドは整合性取れてるつもりなのかな。
なんでそこまで軽薄になれるのだろう?


#09
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これマチズモというか、悪趣味な作劇だなあと思う部分があって、
この物語は小豆アズサを邪険にしすぎ。

なぜ横寺はアズサにつくしの誤解について弁明する必要があるのか?
それは結局、横寺がアズサにもモテていたいから、のように見える。


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振り回されて利用された挙句ボロ雑巾のように棄てられるキャラ。
しかもストーリー上ではほぼウザキャラ扱い。

せっかく取り戻したはずの横寺の「建前」は、このアズサの扱いのせいで
横寺の欠点にしかなってない。
このひどすぎる扱い、ちゃんと物語では着地できるんだろうか。
あと建前しか言わないってのは、八方美人なのとは少し違うと思うんだけど
実際どうなんだろ


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その他
小倉唯は僕の場合カンピオーネあたりからすごく面白い声だと思って注目してましたが
同じ擦り寄るにしても、Pを間違えたと思いますね。
もうちょっとマシなコネを捕まえないと将来は無いかも


#05
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風呂作画ですが、右下を拡大





これちょっと面白いゆらぎですね
一見したところ作画かと思ったら実はCGだったっていう
あんまりこういう処理は見たことなかったんで

#05



これも05話、蔵の中の懐中電灯。
粉塵の乱反射が綺麗。
このシーン、光線の中の塵も細かく動かしてて凝ってるなあと思った


あとは何だろ
作画は第07話、木本茂樹作監回が良かったです。

ストーリー的には

・猫神の最終目的が不明
・12年前の床上浸水を覚えているつくしが、横寺のことを忘れた理由
・エミが100%の笑顔の女の子について知っている理由

このあたりが残された謎ですかね。
まあ売れたようなんで二期もあるかもしれないし、一応メモ。



今回は文句ばかりですけど勘弁してください。
決してすべて嫌いだとかつまんなかったというわけではないです。
ただこの作品の何が面白いのか説明できなくて↓な気分なんで


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category: アニメ

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3回ドカン・出崎統  



■スペースコブラ 第01話 1982年

最古のトリプルアクションを探す旅その4
この企画、確認や資料集めにやたら金が掛かるんで正直しんどいのですが
まあ今回で一区切りです。たゆたゆ二巻のために貯

出崎作品は避けて通れないと思ってはいたけれど
やっぱりかなり昔からトリプルアクションもやっていました。
「結局出崎に落ち着くのか」というのは結論として面白味がない、
しかしまあ仕方ないのです。あれほどの人ですし




■宝島 第06話 1978年

厳密にはトリプルアクションと三回ドカンは違う。
狭義の三回ドカンとは結局のところインパクトの増幅。
出崎演出の場合トリプルアクションは
微妙な心情表現に合わせて使われてることが多いようです。

焦燥や混乱、緊張といった複雑な感情を
固定カメラやズームで表現すると平坦な絵になってしまう場合など
ここぞという場面で使用されてる感じですかね




■エースをねらえ! 第17話 1973年

このシーンなんかがわかりやすいんですが
昨今の演出セオリーならラケットで玉をぶっ叩く瞬間、
つまり<結果>をリピートすると思うんですよ。
しかし出崎演出では打球に込められる精神性、
動作の意味を強調しに行ってる感じですよね

だからか知らんけど、なんというか演出的に媚びてる感じはしない。
まあ時代の空気なども大いに関係あるんでしょうけど
この発想の差異、これは一体どこで入れ替わったのだろう?




■あしたのジョー 第79話 1970年

今回掘った中ではこれが最古でした。
ジョーでは拳闘シーンなんかでもっと使われてるかなと思ったけど
確認した限りではダブルアクションさえ使用されてなかった。
これはちょっと意外でもあった。



「ルーツは出崎」みたいな技法・技術はたくさんあるからといって
トリプルアクションもそうだと結論づけるのは早計なんでしょうけど
まあE2-E4があったってテクノゴッドはクラフトワークだし
諸説あってもバレットタイムを広めたのはマトリックスであるのと同じで
仮に出崎以前の演出において使用ケースがあるとしても
現在までさかんに作られてるトリプルアクションの直接的な源流は
やっぱり出崎統にあるんでしょう。
なにしろ人(後進の演出家)の参照頻度が違うと思うし




おまけとして、同じくあしたのジョー 第37話

これはトリプルアクションではなく
中なしの止め絵をオーバーラップでつないでる静的シーン
案外こういう演出が原型になってたりするんじゃないかと思った。
「平板なリズムを変えたい/ギアチェンジしたい」っていう発想、
そういう演出的欲求があるらしいってのが重要かも

「あしたのジョー」では力石の死を知った直後のジョーの切り返しなど
「ああこれ三回ドカンに繋がっていく感じじゃん」みたいな絵が随所にあって
なんか今回は奇妙な再視聴体験をしました。

あと出崎作品、僕は元々そんなに好きじゃないんだけど
見るとやっぱりどれもこれも面白い。



3回ドカン (その3)
3回ドカン (その2)
3回ドカン

そうかこういう関連記事一覧があるとお客さんは便利なんだね
他のブログでよく見るけどどうやったら作れるんだこういうの。手打ちめんどい

category: 3回ドカン

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2013春アニメ 百花繚乱 サムライブライド  

■百花繚乱 サムライブライド http://www.hyakka-ryoran.tv/

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前作継承のアートスタイルに秋葉文化が加味されてさらにカオス
これ嫌いじゃないです。むしろ好き
これだけは見ていて飽きない

ただ一方でこの平面的だったり絵に墨を落とすような独特の手法に縛られて
各話演出はわりと自由のきかない、窮屈なことになってる気もしますね。


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バトルは演出も作画も深刻なレベルでしょっぱい
これ、予算がついてないからなのかな。

もともと模型屋さんの出した企画で製作母体に体力ないのはわかりますが
それにしてもあり得ない水準ていうか、バトル展開はほぼやる気がない

当然ながら熱い話にもならないし、キラーカットも少ない。
これでも模型は売れるんですかね?
今年パチンコにはなったようですが


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メディアミックス作品が一番恐れるのはいわゆる「オワコン化」なので
今回の二期もパチ屋のビジネス展開と新規模型投入に合わせた
販促が主目的なのかも。
だからかしらんけど、バトルがしょっぱいわりに新キャラはやたら多かった

HANJIN ANIMATIONの下請け回のほうが作画が良かったりするのも
なんか寂しい感じがする
線の多い複雑なデザインのキャラが同時に、しかも大量に出てくるんで
作画は相当大変とは思うんですけどね

原画さん20人以上いてろくに動かせてない回とかあるんで
これはもう低予算に加えてスケジュールもタイトだったってことでしょう。
あと総作監が死ぬほど頑張ってるのはわかります。


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ひとつ上の能登キャラ(ピンク髪)とか、この小次郎(黒)の袖の意匠すごい
ってかこれデザイン素材を貼り付けるのかな?さすがに手描きではないか。
千姫の戦闘形態とか幸村の冠帽もだけど、前期からも進化してる
こういうことも今はできるようになってるんですね
多色は使えないのかもしれないけど


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ペットキャラが出てきたんで、これは場を和ますための存在だろうから
それが必要なほど陰欝な話になってくのかな?と思ったけど
実際そういうことはなかった。

たとえば兼続は良いキャラだけど、作劇は彼女に頼りすぎと思う。
半蔵と又兵衛が苦悩するあたりは大事なシーンなんだけど
けっきょく兼続が全部持っていってしまったりする。

ダークサムライはムサシを残して早々に倒し
クライマックスでは十兵衛が取り込まれた千姫たちと戦う展開のほうが
個別の見せ場を作りやすかったんじゃないかな。

イン子が通り魔を追ってたのなんて、意味なかったですし。
彼女は最後の造反も含めて、何がしたいのかわからなかった。

何しろ人数が多すぎて、各人なにも出来てない。
まあそもそもバトルは描きたくても描けなかったのでしょうけど。

#06
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#12
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このへん構図面白いですよね
コンテやレイアウトは全体的にとても良い感じです
なんか無理やり褒めてるけど。
下の絵なんか吹っ飛びのタイミングは糞みたいなもんで


もうね、とにかくバトルをもう少し真剣にやってよと。
そしてキラーカットを作れと。
そのくらいですかね。


category: アニメ

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2013春アニメ 惡の華(2)  

#08
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教室パーリィ後の帰宅、長い長いシークエンス
地続きのはずの日常空間に感じる奇妙な違和感と非日常性
これは童貞を捨てた翌朝に誰もが見る風景と同一で
だからこそ何も為しえていない子供にはこの意味が絶対にわからない。

こんなことがアニメで出来るなんて、すげえなあ


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ロトスコてのが実際どうなのか、アリなのかナシなのか、僕にはわかりませんわ。
この作品は良い作品だと思うけど、別の手法を選んでいれば
もっと良くなったのかもしれないし、あるいはダメになってたのかもしれない。

ただ、2人以上人がいるシーンでは表情を追うのに疲れる。
それは俳優の自然な演技ではなく、監督がチョイスした表情であるわけだから
必ずそこに意味を求めてしまう。それは見ていてすごく疲れます。

しかしたとえば前エントリで触れた佐伯さんの部屋のシーン、
ベッドで横に「座って」と佐伯さんが促すわけですが
春日君がためらいがちにゆっくりと座る、ああいう風に間を持たせられるのは
ロトスコの利点なんだろうと思う。そう、間がもつ。なんか線もプルプルしてるしね。

それと、もし仲村さんがキュートなアニメ風の女の子だったら
早々に「もう仲村さんでいいじゃん」という話になってしまうでしょうね。
優柔不断な男の子が小悪魔に翻弄される、よくある恋愛コメディ。
ほとんどそれを避けるためだけ、仲村さんを美少女にしないためだけの
ロトスコープだったと僕は思ってますが。


#08
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同じく08話の登校時の風景から

シリーズ冒頭から執拗なほど繰り返されてきたBGオンリーのリサイクルカットが
ここで大きな意味を持つことに驚く。

いつもとまったく変わらない風景なのにいつもとは全然違う。
昨夜自分たちのしでかした事が世界にどれほどの影響をもたらしたのか、
教室に着くまでの間、その判断が保留される緊張感。


#10
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「どんなことだって、春日君が私を思ってしたことだったら私は嬉しい」
「私は変態だなんて思わない」
「私にぶつけて。私、ちゃんと受け止めるから」


私を思ってしたことである限りにおいて、私は嬉しい。
これは条件付の譲歩であり、寛容さという名の欺瞞です。

いびつな欲望を受け入れる代わりに自分の支配に下れと言っている。
つまり本質的に佐伯さんは仲村さんよりタチが悪く
「男の子とはそういうものだ」として春日君の行動や性質を一般化し
それを利用して春日君を支配しようとしているわけです。
だから仲村さんが悪で佐伯さんが善というのは、少し違う。

佐伯さんが必要としているのは、閉じられた世界を変えてくれる、
臆病を克服させてくれるメンターであり、
相手がメンターであるなら厳密には春日君でなくてもいい。

この局面において本当に心から春日君を理解したい場合、
その場で脱衣して春日君の服を着ます。他にヒントはないわけだから。
「春日君が変態でも一向にかまわない。私も変態になる」と言い切るべきなんです。
でも佐伯さんには、それができません。できないし、発想もない。


#12
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よくわからんけど「向こう側」へ行くのをためらったことで仲村さんを傷つけた。
空っぽである春日君がなぜ夢を見ただけで「もう仲村さんを一人にしない」と決断できるのか、
ここがよくわからない。

一人にしない=一緒にいる、まあこれは特別な能力を必要としないので
いくら空っぽの春日君でもそれくらいはできるとしても、
空っぽであるという事実が何かの形でせめて部分否定される段取りを踏まないと。
それを春日君に促せるのって仲村さん自身か佐伯さんだけじゃないのかな。
少なくとも「夢のお告げ」はねーだろよ、とは思う。
疑問点はこれくらいです。

他には、疑問というほどではないけど
実際のところ体操着を着て春日君がどう感じたのか、そういう言及なり心情の表現は
わずかでもあったほうが理解の助けになったかもしれない。
現状だと「強いられた」という事実としてしか見えていないので。

あとは何だろ。
忍び込んだ部屋に真実を書き溜めたノートがあった!引き出しがちょっぴり開いていた!
みたいなのは、さすがに陳腐かなと思った。

二期希望です。



#08


#01



エフェクトすげええ
っていうかもうほとんど実写と変わらんじゃないですか

#08
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#13
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これはアレだ。こんだけ美術がリアルに接近してくると
「夏のソラ」が再評価されるのも近いね


#05
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これは何回ドカンですか
10回は越えてましたね




category: アニメ

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2013春アニメ 惡の華(1)  

■惡の華 http://akunohana-anime.jp/

#07
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仲村さん「契約は終わり。もう二度と私に口聞かないで」

この時、仲村さんの支配を脱却するチャンスだったにも関わらず
なぜ春日は仲村さんを呼び止めるのか。
ここが物語を理解するうえでのポイントであろうと思われます。


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佐伯さん
「私は弱い人間なの。お父さんもお母さんも先生も友達もみんな私のことを
しっかりしてるって言うけど、それは本当の私じゃない」

「春日君はまっすぐ私に気持ちを伝えてくれて。凄いなって思って」

「だから教えて、春日君。春日君の本当のことを」


この台詞が示すとおり、本当の佐伯さんは弱く、親にも友達にも気持ちを伝えられない。
そしてそれができる春日君は凄い、お互い正直でありたい、と思っている。


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「これ。春日君に貰った本。難しい本だねこれ。春日君は凄いんだね」

春日はウソを吐いているのに、佐伯さんはまんまと騙され、信じきっている。
ことあるごとに、春日君は凄いとか言っちゃう。
佐伯さんはウソの春日しか見ていない。低劣で卑俗な泥棒の本質に気づきもしない。
彼女は女神であるはずなのに、本当の私は弱いのヨとか言っちゃってる。
ただの女の子。仲村が言うように、本当はセックスしたくてたまらないのか?という疑念。

つまり春日にしてみれば、
自分の吐いているウソのせいで、女神の佐伯さんがビッチになっていく。


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春日はそのことが耐えがたく、すべてを佐伯さんに話してほしいと仲村さんに懇願
どうしても自分で話すことはできない。
どうしても自分で話せないというのは、
それでも傷つきたくない、守りたい自分がいるってことです。


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それは当然虫が良すぎる話なので仲村さんの叱責を受ける

「俺はただ、佐伯さんにふさわしい人間になりたいんだ。キレイな、正しい人間に」
「俺は普通になりたいんだよ」


正しくありたいというより、罪の意識から逃れたい。
この憂いとしがらみから解放されさえすれば、
女神である佐伯さんが承認してくれた、凄いと言ってくれた自分だけが残る。
うまくすれば、まだ美味しいところを頂けるかもしれない。
そのためなら、これまで自分が忌み嫌ってきた凡俗に堕すこともいとわない。

この執着が仲村さんを大いに失望させる


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「がっかり。結局春日君も他のやつらと同じなんだ」
「もういいよ。勝手にしてよ春日君」

仲村さんは落胆し、契約はこれまでと

タイトルのせいで仲村さんを悪、佐伯さんを善と考えがちですが
わりと話はそう単純ではなく――まあここは後述しますが
実のところ佐伯さんは性的欲求の対象であり、仲村さんはメンターなわけです。

わかりやすく言えば春日君はクエス・パラヤ。
ウソで誤魔化された春日の一面しか見ていない佐伯さんに対し
仲村さんだけが春日君の本質を見ようとしている。

春日君は仲村さんを失えば、もう本当の自分を見てくれる人はいなくなってしまう。
自分と、自分をとりまく世界のすべてにウソをつきながら
これから先もずっと凡夫として生きていくことになる。

それは春日君にとって、罪を告白して正直に生きるよりも絶えがたい苦痛。
だから春日君は、仲村さんを呼び止めるしかなかった。


ちょっと長くなったんでつづく

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OVA たゆたゆ #1  

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まあそれで今日、電気ケトルを買ってきたわけです。
ついでにDVDも


大和川は僕にとって久々にはまった作家でしてね。
エロ漫画家にハマるのは世徒ゆうき以来なんでほぼ10年振りくらい。
もうホントに大好きなんですよ

でも「たゆたゆ」がOVA化されたというのは初耳だったんで
急いで買いに行きましたよ。ちょっと変なテンションになってて
帰り道に心なしかアクセル踏む力が強かったですよ。


Queen Beeというレーベルは原作の徹底再現に重点を置いていて
イノベーティブアニメ技術なんちゅう大それた名の看板を掲げてますが
ぶっちゃけるとアニメの動きの部分はかなり放棄されており
なんというか、コンテ撮を見てるみたいな。ACつなぎも平然と無視するし
ピストン運動など王蟲の交尾みたいな動き方です

それでも<原作絵の忠実な再現>に関しては徹底している。
なので、原作漫画ファンには大変受けがいい・・・のかな。
「ピスはめ」なんかはよく売れたらしく、第06巻完結まで作られてました

そういう方針で作られてるのだから、動きには期待しない。
最初からそのつもりで見ればとくに問題はありません。


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物語は、都会生活の長かった少年が一人暮らしをすることになり
幼少期を過ごした山村の一軒屋に帰ってくるところからスタートします。
山と田んぼに囲まれた古い家で引っ越し作業をしていると、
隣家に住む幼馴染の姉妹が手伝いに来てくれる。数年ぶりの再会。

過疎化によって村はすっかり寂れ
みんな村外に出稼ぎに出てしまって、若い男は自分だけ。
転入する予定の学校もすでに来年度の廃校が決定しており
少女たちは最後の夏に最高の思い出を作りたい。
そりゃあ胸元のボタンも緩むってもんです


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澄み渡る星空の下、簡易製の露天風呂で。人気のない学校のプールで。
上気した頬に、火照る肢体に、あたる夜風の心地よさ。
いざ据え膳食わぬは一生の恥なのであります。

動機もナチュラルだし、姉妹の描き分けもしっかりしてるしで
この導入部はやっぱりよくできてると思うなあ
全編に渡る女の子のネイティブ関西弁も聞いてて心地いいです


不満があるとすれば、動きのほうはまあ置いとくくとして
僕が気になるのは雫ですよ。しずく。
風呂やプールで濡れそぼった状態から営みに突入するんで
やはり全身水に濡れている描写はあるんですが
それが身体に固定され過ぎてて模様に見えちゃう。

BBAじゃねーんですよ。若い娘さんの肌は水を弾くべきなんです。
たらーっと肌を流れて菊門のヒダに引っ掛かる水滴とか見たいんですよ。
まあエロアニメにエフェクトを要求するもんじゃないですけれども
この作品に限っては、水=癒し、みたいな要素もあるんで

そこはコミックが表現したくてもできないポイントなんでね。
それを可能にするはずのアニメが、わざわざコミックの限界に
合わせるのもどうなんだろうと。


ああ
そういや変なとこで感心させられたんですけど↓

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低予算な成人アニメなのに
このプール、寒天じゃないの。すごい




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