大匙屋

健康第一

2012夏アニメ トータル・イクリプス  

■トータル・イクリプス http://muv-luv-te-anime.com/

正しくは「マブラヴ オルタネイティヴ トータル・イクリプス」
total eclipseというのは皆既日食という意味だそうで


6182013002028_050530160.jpg


そう言われてみれば、こんな感じのイメージ絵があちこちにあったような。

巨大宇宙怪獣が大挙して襲来し、壊滅的な打撃を受けた人類が
「戦術機」と呼ばれるロボットを開発して必死に抵抗するが
そんな危機的状況であっても、人は人同士で争うことをやめようとしない。

そういう物語でした。


シリーズ構成が17話で降りているので、脚本・構成で揉めたのは予想がつきます。
それが制作時間を圧迫し、結果として作画が目も当てられないような惨状になったのは
原作ファンの方には気の毒としか言いようが無いですが
まあ一般論として、原作者が製作総指揮なんちゅう肩書きで参加してくると
うまくいかないことも多いんでしょう。


人や国家、組織の思惑がさまざまに絡み合う構図は
たいへん複雑そうに見えるのですが
物語は後方の「戦術機開発チーム」を中心としていて
それほどわかりにくいものではありません。
むしろストーリー自体はごくシンプルであると言っていい。

日米共同開発の機体を最高のものに仕上げるため
テストパイロットである主人公とそのチームが奮闘したり、謀略に巻き込まれたり、
恋のサヤアテがあったりしつつの
戦時とはいえ、おおむね秩序だつ日常が描かれます。

トップをねらえ→マクロスプラス→インフィニットストラトス
大雑把な流れとしては、こんな感じだったですね。
ブルーフラッグとやらが始まった折にはどうなることかと思いましたが。


まあ正直なところ、中盤のよくわからないぬるま湯展開から
クライマックスまでによく持ち直したとは思うのです。

ただ、たしかに話は全体的にわかりやすいのですが
何回繰り返して視聴してみても
最後のほうだけは意味がわからないです。


6182013002028_050480520.jpg


レッドラインにベータが到達すると世界がヤバイ。


6182013002028_060440100.jpg


じゃあなんで主人公はスカーレット姉妹を救いに行くのか。

いや、通信センターを奪還した時点で米ソの即時対応があるのは理解できます。
でも先行ベータの処理が最優先ではないの?

しかもこれは何の宿命性もない、アクシデントで発生した案件なのに
これをラストバトルに位置づけるのは筋が通らなくはないですか。
仮にこのバトルを制したところで
数千万人が危機的状況である事実に直接影響はないですよね。

「本当はこんなことやってる場合じゃないのに」という気持ちで臨むバトルには
見るほうとしても身が入らないですよ。


6182013002028_050520570.jpg


クリストファー少佐。目的はスカーレットツインの鹵獲だったようですが
世界が滅ぶことよりも優先されたその理由がよくわからない。
ヤーとか言ってるしドイツ語圏の人っぽいけど

あと、使用機体はソ連のものを奪ったのだと思うけど
ワナに対して「網」と表現された後席の棺桶は
サンダークも把握してないものだったんでしょうかね。
このへんに関しては、話の前後や段取りそのものがわからないです。


6182013002028_200570180.jpg


サンダーク
結局プラーフカとやらは不発だったんですかね。
クリスカはイーニャに釣られたとして、じゃあイーニャがユウヤに反応した理由は?
まあ彼の計画の全容も不明なんで、何もわかりません。


6182013002025_050030529.jpg


インフィニティーズ。
テロ前にユーコン基地を出ていて、なんらかの破壊工作をしていたようですが
何をしていたのか全然わかりません。



前半に関してもいくつかあります。

・02話のラストでユイを助けたのは誰?

・奪われるリスクを承知でユイがカムチャツカ戦線に投射砲を持ち込んだ理由は?

・ベータが破壊された投射砲のコアパーツに集中してきた理由は?

・無茶苦茶な計画を立て多大な犠牲を払ってまでソ連が投射砲を奪いに来た理由は?



考え方は人それぞれだし、作品にもいろいろあっていい。
未解決のプロットが残ってたって、それはそれで別に構わないとは思うんですよ。
ただそれは物語なりキャラなり作画なりに一定の訴求力がある場合の話であって。

作画は間に合ってない、構成も少しおかしい、
初見では理解できない設定を終盤に使う、謎は謎のまま残され、
あとはゲームなりでお金を払って補完しなさいということでしょうか。

それは独善的とまでは言わないですけど
視聴者に対して、あまり誠実な作り方ではないような気がしますね。

事情があって情報を出せないなら出せないで、
ユウヤがスカーレットツイン救出後に俺ツエーで先行ベータ排除に行くとか
物語として真っ当なまとめ方は他にもあったように思うのですが。

あるいは
制作としてもすべてを拾えないから、何を棄てるかを決めた、
その結果がこれってことなんでしょうか。


6182013002028_210060360.jpg


町工場の作業員ではなく特殊部隊スペツナズ。
せめてヘルメット被ろう。きっとそれらしく見えるから。



スポンサーサイト

category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ 好きっていいなよ。  

■好きっていいなよ。 http://www.starchild.co.jp/special/sukinayo/

617617GW000794.jpg


だいたいこんな感じの話でした。
原作は400万部も売れてるそうです。すげえ。


高次の存在によって、集団に埋没している自己が見出され、
承認欲求が満たされる。
これはまあ少女マンガの王道なんですが
この作品の場合、主人公が「持たざるもの」であることを強調するため
周囲全員をビッチに仕立ててるとこが新鮮ですね。
セックスセックス。お前ら飛田展男か。そんなにセックスがしたいのか。

作品自体はそういう風潮に批判的な視点を一応堅持してるんですが
こういうものを読んで、女子中学生とか小学生は
高校生活に憧れたりできるんですかね。


6172013002021_060180380.jpg


茅野愛衣の搾り出すような細い声が
コミュ障気味の主役にぴったり合ってて良い感じです。


6172013002021_060290391.jpg6172013002021_060290340.jpg


軽率な行動を取っても
追求したり咎めたりするのではなく、寄り添って心配してくれる。
困難から守ってくれることよりも
自己の価値を認めてくれることのほうが優先される。
これって昔なら男女逆だった話ですよね。


6172013002019_050370110.jpg


キャラの絵ばかりで回していく作品ですが
時折はっとするような美しい美術が見られる意外性が。


6172013002020_060280149.jpg


全力で逆恨み復讐フラグを立ててくる奴が
あっさり親友になったり、脇役の人物像にちょろい印象が目立ちます。
こういう部分はおそらくコミックではもう少し描けているんだと思いますが。

大事になるのかな、と思わせておいて肩透かしを食らわせる。
基本的には、池に小石を投げ込んで
それがどんなバタフライ効果を生むのかということよりも
静かに広がる波紋のゆらぎをじっくり眺めていく作品なのでしょう。

野見祐二による音楽も美しい。岡崎律子の新曲はサプライズでした。
設定の濃い作品ばかり見ていて、ちょっと疲れたなという時に。



6172013002021_060290390.jpg


ところでこの絵ちょっと色っぽいですよね。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

六花は不可視境界線を見ていない  

■中二病でも恋がしたい! http://www.anime-chu-2.com/

#12
6162013002018_010170280.jpg

水平線、メタハラの輝き。
「光が」「綺麗だな」


6162013002018_010170480.jpg

「でもあれは船の光。ただの、光」


6162013002018_010180010.jpg


 
六花は父の闘病について
それがきわめて深刻なものであることを、一人報されなかった。
それは六花が幼かったからで、病床にあった父親本人の意向であった。

父親にしてみれば、それは愛娘を悲しませたくないという親心でしょう。
あるいは、死に際につらそうな娘を見たくないという我侭であったかもしれない。

しかし残された六花にしてみれば
「お前は弱い、だから戦えない、きっと耐えられない」
父親にそう判断されたに等しい。


6162013002018_010200330.jpg


最終話で六花は父親に「さよなら」を告げる。
ここで我々は
「つまり六花は不可視境界線を見つけて、父親に別れを告げたかったんだ」
「自分の中で父親の存在に区切りをつけたかったんだ」
「六花はやっと真の意味で父親の死を受け入れることができた」
「六花はこれで成長した。よかったね」
そういう風に思いがちです。

でも違う。それでは全然ダメ。

#07
2013002017_200520067.jpg


思い出してみましょう。
パパが死んだその夜、六花は不可視境界線を見ています。

その時はそれが不可視境界線であるとの認識だったかどうかはわからない。
しかし少なくとも、そこにパパがいることを六花は理解していた。
「境界線の向こうからここを、私を見ている」とわかっていた。
別れを告げるなら、その時に告げればいいわけです。


「もう一度、不可視境界線を探さなければならなかった」理由は何か。
「お前は闘えない、弱い」と判断された。
そのせいで父親の闘病生活に家族の一員として加われなかった。
父にとって、六花の弱さは不安だった。

ならば、六花が父のためにできることは
「気持ちを押し殺して、何でも言う事を聞いている自分」から脱却し
強い自分になってもう一度父の前に立つことでしょう。
そうして、自分を見守ってくれる父を安心させることでしょう。

父はそこで、ずっと見てくれている。
誰もが存在を否定する不可視境界線を
万難を排してもう一度見つけ出し
成長した自分、強くなった自分を父に見てもらう
そのこと自体が六花の目的であるはずです。
別れを告げたいわけじゃない。
「パパ、私はもう大丈夫だから、安心して」その先にさよならがあるわけです。


で、冒頭です。

#12
6162013002018_010170480.jpg

「でもあれは船の光。ただの、光」

これがダメ。
六花は最後まで不可視境界線をあきらめるべきではない。
不可視境界線はダークフレイムマスターに接待プレイで見せてもらうものではなく
自力でたどり着かないと意味がない。
諦めた者には不可視境界線は絶対に見えないのです。


6162013002018_010210576.jpg


妄想バトルは姉には見えてないし


6162013002018_010210572.jpg


卒業した六花には凸守の攻撃は効果がない。

最後の最後まで諦めず、勇太の力を借りてそこに辿りつくのなら
それはそれで構いません。
しかし、ひとたびそれを見ることを諦めてしまった六花に、
勇太が闇の力ひとつで見せてあげる不可視境界線には
パワーレベリング程度の意味すらない。そもそも、見えるはずがないのです。


演出としては、海岸で勇太が闇の力を発動させる前に
六花が不可視境界線をちゃんと信じていることを確認する必要があった。
どんな形でもいい。しかしこれは決して省いてはいけない手順です。
そうでなければ、六花は見えてない境界線に向かって
空気を読んだ可能性がある。



6162013002018_010210420.jpg
6162013002018_010210570.jpg

「私の目、見る?」

これは「復活した邪王真眼ともう一度契約しますか?」という意味ですが
六花が不可視境界線を見ていない場合、
ヤンデレ化して「さあ本物の境界線を探す旅を続けましょう」と
言っているように見えてきます。




category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ 中二病でも恋がしたい!  

■中二病でも恋がしたい! http://www.anime-chu-2.com/

#07
2013002017_200130550.jpg

十花「ちょうど三年だ。あいつか小さかったこともあって、
パパは六花にだけは言わないでほしいと言ってな。
だから、六花にとってパパの死はあまりに突然で、何の前触れもないもので、
そのせいかあいつは今だにパパの死を認めようとしない
頑なにココに来ることを拒んでいる」
勇太「お母さんは?」
十花「私と六花をパパの実家に置いて出て行った

#08
2013002017_200430530.jpg

十花「ママをうらんでるのか」
六花「違う」
十花「わかってるだろ。どうしようもないことぐらい。何もできないことぐらい。
 どうすれば満足なんだ。どうしようもないだろ。
 もうここに家はない。パパはどこにもいない。不可視境界線なんて(存在しない)」


今回は
この作品を読み解くひとつの鍵となる、母親と六花の関係について。
なぜ母親は六花を置いて家を出て行ったのか。


父親が死に、母親が家を出て行ったことでタカナシ家は目下離散状態にある。
保護者代わりである姉は、妹の夢想癖をなんとか改めさせ
母親との関係を修正してやりたいと考えている。

母親はほとんど作品には登場しませんが
六花の姉・十花とロジックを共有していると考えられます。
二人とも、どうすれば六花が満足するのかがわからない。


#10
2013002017_200470240.jpg


勇太「六花はお母さんのことが嫌いなわけではないんですよね」


2013002017_060200000.jpg
2013002017_060200230.jpg


十花「ママは何度も六花と話そうとしていた」
「六花にだけパパのことを教えなかったことを謝りもした」
「でも・・・」

父親の希望により、病に関して本当のことは六花には伏せられた。
六花は父親が死ぬ日の朝まで、父親の病状が深刻であることを知らなかった。

母親も十花も、それが父親の希望であったことを
ちゃんと六花に伝えたはずです。

しかし父親本人がすでに他界している以上
それは「真実を話さなかったことを死んだ父親のせいにしている」
ことになってしまう。

実際のところ、そのことで六花は母親を恨んではいない。
しかし十花と母親は、六花が恨んでいると思い込んでしまう。


ざっと時系列を整理すると

2013002017_200520066.jpg

三年前に父親が死ぬ(六花中一)


2013002017_200520067.jpg

その夜、不思議な光(不可視境界線)を見る。
そこに父親がいると確信。


2013002017_060200000.jpg

父の死後
母親、姉とともに父親の実家に身を寄せる。(これはおそらく一時的な滞在)
不可視境界線のことを話しても、母、姉、祖父母、誰も信じない。
母親は六花に謝罪し対話を求めるが不調。
六花は父の墓参をかたくなに拒否。
母親は姉妹を置いて出て行く。


2013002017_200520068.jpg

父の死から一年後。六花中二。
姉が高校を卒業し、就職のため父の実家を出て団地へ
姉のところへ遊びに行って、症状全開の頃の勇太を発見する。
この頃、生家売却。父親の実家へ完全に転居。


2013002017_200360010.jpg

六花、勇太にインスパイアされ発症


こうして時系列を整理してみても、
母親が娘たちを置いて実家を出て行った決定的な理由らしきものは
見当たらないです。


なので、ここからは推測。

#10
2013002017_060210450.jpg

手作りのお弁当。
六花の嫌いなトマトは入っておらず、六花の好きなカラアゲは入っている。


#11
2013002017_060350330.jpg

六花「凸守・・・」
凸守「触るなです


2013002017_060350570.jpg2013002017_060360020.jpg


勇太に恋をし、勇太の進言により中二病から卒業。
関係を修復した母の誘いで父の墓参に向かう駅で、六花を止めに来る凸守。

解散となった極東魔術部。
一方的に激変していく世界と、そこから一人ぼっちで取り残される凸守の姿は
父親の死に際して六花が経験した疎外感そのもの。
ここで六花は、かつての母の気持ちを初めて理解すると思うのですよ。

話し掛けたい、自分の気持ちをわかって欲しいけれど、
近づけば相手を苛立たせ、苦しめてしまう。
だから黙ってその場を離れるしかない。
これがそのまま、母親が姉妹を置いて家を出た理由になるかもしれません。


十花が母親を送り出したように、勇太も六花を作り笑顔で見送る。
そして勇太も、六花を叱る十花と同じように、凸守を叱責してしまう。
同じ状況が再生産されてゆく。


六花が犯した最大の間違いは
自分の主張を受け入れない周囲の大人たちを「管理局」として包括的に敵視した点。
これは勇太や森夏など他の患者にはなかった症例で、
自分にしか解決できない特殊な問題を抱え込んだことで、六花は中二病から卒業し損ねた。

六花は、苦しむ凸守を目にしたことで
自分との関係に苦しみ続けた母親に対する悔悟の意識が強まり、
急な転居にも同意したということかと。


最終的に六花は団地に戻り、中二病も復活するわけですが
六花が母親の苦悩に思い至ったであろうと仮定するなら
この母娘関係、姉妹関係にはきちんと決着がついてるように
僕には見えますね。


すげー長くなっちゃったな。仕切り直そう。
「中二病でも恋がしたい」について、次回もう一本書きます。
六花が不可視境界線を見ていない可能性について。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ ハヤテのごとく! CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU  

■ハヤテのごとく! CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU http://www.hayate-project.com/

これはシリーズ第三期?になるのかな
制作スタジオが変わり、キャラデザインや演出のキレに多少の違和感もありますが
後半からクライマックスに向けての怒涛の盛り上がりは
やはりそれなりによく出来ていると思いました。

どう見ても進行上必然性のないキャラが次から次へと頻出しますが
それもまたひとつのファンサービスであるのでしょう。
もともと長期連載されている人気作ですし
内容について今更どうこう言う必要もないかと。

#02
6142013002012_020170200.jpg
6142013002012_020180140.jpg

剣野カユラ
「これだけの美味しい展開を前にして、拒むことしかできないなんて」
「面白そうな流れに、あえて全乗っかりしないでどうする」
ナギ「!!」

すばらしい。
このメタな短いやり取りが、作品のすべてを言い表しているような。



6142013002015_010390250.jpg


で、この方です。桂雪路
トリックスターというポジションにあって作中最強の存在。
今回はこの方についてちょっと

#09
6142013002015_010390130.jpg


舞台であるラスベガスに唐突に現れる雪路。
ハヤテの手にする黒椿に興味を持つ。


6142013002015_010410150.jpg
6142013002015_010500360.jpg


黒椿=「手に持つと不運を呼び寄せるアイテム」

ハヤテは雪路がトリックスターであることを経験から充分に承知しているので
それが重要で取り扱い注意なアイテムであるにも関わらず、
というより逆に取り扱い注意なアイテムであるからこそ
イジワル半分で雪路に手渡すことができるわけです。
そしてつい、黒椿の効能の部分にまで口を滑らせてしまう。

ここの流れ、見事と言うしかないです。


6142013002015_010480350.jpg


まんまと黒椿を奪い豪遊、大金を手にする雪路


6142013002015_010450100.jpg
6142013002015_010520130.jpg


そしてハヤテがやっとの思いで雪路を探し出した時、
黒椿はすでに強盗に奪われている。
無邪気な行動をきっかけに悪化の一途をたどる状況。窮地に陥るハヤテ。
惚れぼれするほどの完璧な流れ。

見ようによっては、腹が立ってくるような無秩序さ。
愚か者として振る舞いつつ、相手の愚かさまで暴きたてる。
万能執事であるハヤテに何が決定的に欠けているかを理解せしめる。
そして重要なことは、犯した罪状に比してたいした罰を受けない。

だから雪路が画面に出てくるだけで
「ろくなことにならない」と視聴者は瞬時に理解できる。
これはつまり、どうしようもなくキャラが立ってるということです。


この雪路というキャラクターは例えるなら


310P5snlc9ZL_SL500_AA300_.jpg


ネズミ男ですわね。

#10
6142013002015_010530130.jpg
6142013002015_010530131.jpg


10話では、逆切れしながらハヤテに絡むことで
ハヤテの内部に生じている微妙な違和感を表情とともに上手に引き出す。



シリーズのキーパーソンであるツグミルリもそうですが
「ハヤテのごとく」という作品は境界人の使い方が抜群に上手い。

万能執事ハヤテのキャラクターは、便利そうでありながら実はとても平板なもので
彼を大きく突き動かすためには、彼と組せず、かといって敵対もしない
マージナルな位置から彼を陥れるトリックスターが常に必要になる。


「面白そうな流れに、あえて全乗っかり」というのは
やはりこの作品をうまく言い得ているわけです。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ コード:ブレイカー  

■コード:ブレイカー CODE:BREAKER http://www.code-breaker.jp/

異能を持つ少年たちの能力バトルでした。


2013002010_080080200.jpg


往々にして
シンプルに三行ほどで内容を説明できるのが良作の条件だったりしますが
この作品の場合、さくらという少女をあまり上手に活かせなかったことで
独自の印象が薄まってしまった。ゆえに一行で説明が済んでしまう。

「政府の暗殺組織エデン所属の異能者=コードブレイカー。そのNo.6である少年が
古風な体育会系女子高生・さくらと出会い、互いの価値観を衝突させながら
試練を乗り越えて成長していく話」

こんな感じなのかな、本来なら。


・能力者同士のエフェクトバトルなんだろう。
・少年マガジン連載=ヤンキーマンガ支持層にも受けないといけない=
山場は能力を使い果たし、体力勝負の殴り合いだろう。
・サンデー系よりイケメン成分多め、エロ成分は少なめだろう。

このあたりって、どうしたって予測がつきますから
そこを裏切ってくれれば大きく好印象だったりもするのですが。

そもそもこのシリーズは恐らく原作で序盤に位置するエピソードで、
それだけで1クールが終了してしまった感じ。
主要な登場人物が集合し、大きな事件をひとつ越えて、
じゃあこれからいよいよさくらを中心とした化学変化が起きますね、
あるいは個別回で各人物を掘り下げますね、という段階で終了する。

少年マンガというのは、連載開始からどうにか読者人気の出る方向にと
さまざまに模索しながら話を進めていくところがあるので、
序章から完成度の高いエピソードが展開されることはまれです。
この原作も単行本20巻を越える人気作らしいので、
本番はまさにこれからなのでしょうが、これはもう仕方ないですね。
アニメ用に無茶な改変もできないでしょうし。


とはいえ、王道物の能力バトルはやっぱりいいですね。
ふんだんに散りばめられた様式美や決め台詞にほっこりとします。
決して皮肉ではないです。


2013002011_070090300.jpg

やっぱ立つなら高い場所ですよね。


2013002011_010180040.jpg
2013002010_140380170.jpg2013002010_070440240.jpg


レイアウトもいいですよ。ここらへんとか。作画も水準高い。
バトルシーンはどうしてもエフェクト中心になるんで、
さすがにちょっと退屈ですが。


ただ、構成に関してはちょっと変なとこがある。
第05話の子供殺しのエピソードはクソみたいな話でうんざりですが
まあ連載序盤にはこういうことも起こりうる。

問題は上でも少し触れましたが、
(1)人見の事件でさくらがまったく役に立ってない。ほぼ消えてる。
さくらの声が、中身がからっぽの人見に届かないのは当然としても、
彼女は基本、人見の自分語りに相槌を打つだけ。
せめて大神覚醒のトリガーにはなってくれないと
いくらなんでも、何のためにあの場にいるのかわからない。

(2)人見の計画立案が杜撰すぎる。
コードブレイカーはそれぞれに目的を持ってる、と4話でトキが言っちゃってるので
エデンの労働環境からみんなを救済しようとした人見の行動や目的に意味を感じない。
愁嘆場で盛り上げてはいるけど、これ致命的な構成ミスのような気がします。

人見の要求は結局のところ待遇改善で、テロ計画は要するに雇用創出。
しかし一方でエデン=首相も、能力者に対して雇用創出してる面がある。

人見には何故ほかの皆がエデンに盲従するのかわからないわけですが、
そもそもエデンはコードブレイカーたちを掌握なんかしていない。
皆それぞれに個別の目的があって、大神も「バイト」と最初から割り切っている。


2013002011_000250340.jpg


何も目的を持たず
ただ平和な世界だけを夢想してた人見。そこに他のメンバーとの齟齬がある。
哀れというか、からっぽですよね。

それだけに、練り上げたテロ計画がああまで稚拙だと
頭も悪いんだな、という風に見えてしまうのが残念です。
もうちょっと何とかなったのではないか。
純粋な悪落ちとして物語に絶望をもたらすことができたのではないか。



2013002010_070450110.jpg


藤原首相。いいっすね顔芸。
最終盤において、瀕死の人見の前で首相が露悪的に振舞うけど、
あそこまでする意味が不明。
まあ彼もラスボスクラスの能力者っぽいセリフはあったけれど。

あそこで首相が人見を挑発するのは、
かつて人見の進言を首相が受け入れなかった理由説明と
人見の大神に対する評価シーンにつなげる意味があったわけだけど
どちらにしても厳密にあそこでやる必要のあるものではなかった。

むしろ首相をぶっ飛ばすのは
トキではなくさくらであるべきだったと思いますよ。

まあ、首相がコードブレイカーたちに対して共通の敵として君臨してみせることで、
精神的支柱であった人見を二度失った彼らの連帯を強める効果は
あったといえばあったのか。


2013002011_000190510.jpg


そこまでしてエデンに従う理由が
実際コードブレイカーたちにはあるってことなんでしょうけど
わざわざあそこまでされると、とりあえず止めないでそいつ殺しちゃえば?と
思っちゃいますよね。どうしても。
どうもスッキリしないです。他が比較的綺麗にまとまってるだけに。



あとはなんだろ。
やっぱり平家先輩



成田剣さんかと思ったらジャイアンだった


2013002010_140390000.jpg2013002010_140410460.jpg


平家先輩を筆頭に、登場キャラクターはどれも個性的ですばらしい。
微妙なニュアンスをこめた表情の作り方も上手いし、
それをうまく引き出す人間関係もある。

2クールありさえすれば、もっとさくらの存在も活きただろうし
そういう意味ではとても惜しい、惜しい作品。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ  

■お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ http://www.oniai.com/

兄のことが好き過ぎる実妹が
周囲の障害や兄の鉄壁の守備にもめげず
恋のアタックを繰り返す話


6132013002007_050550190.jpg


キャラデザインはカンパネラEDで話題になった川村幸祐さん
シリーズを通して作画水準は厳しい感じの中
総作監としても奮闘しておられます。
なんかほっぺたのモチモチした質感が抜群にいいですよねこの方。


6132013002006_150210310.jpg


おかげでアップのキャラ絵は概ねどうにかなってるのですが
よく見るとヘンだな的な絵が随所に。

一般に人間の肩幅というのは男女問わず40センチ前後です。
部屋の奥の扉が一間、一枚90センチと考えれば
人間とテーブルとのバランスが悪いのがわかる。

このリビングがまた何度も何度も出てくるもんだから始末が悪い。
カットごとにテーブルの大きさが変わる。
まあ、いろいろとギリな現場だったのがわかります。
3Dレイアウトに慣らされた目には逆に新鮮に見えたりしますが。


6132013002007_120000380.jpg


ストーリーには、大きな物語はありませんでした。

桃色スパークリング状態の妹に対し兄の守備はいつも鉄壁で
二人の関係は膠着しており、話が動きそうな予感がしない。

妹の行動目的は兄と「結ばれたい」というより「イチャイチャしたい」だけで、
兄に秋波を送るだけで妹は既に楽しそうです。これは自己完結している。
兄のほうは妹のアプローチをのらりくらりとかわすだけで
妹の性癖に干渉しようとはせず、かといって受け入れもしない。

言うなればこの妹は鉄板のゴールに向かってボールを蹴り続けているだけで、
すでに行動そのものが目的化しています。
兄のほうはそれで窮地に陥ることもなく、他人事のようにリアクションも薄い。

この兄妹の膠着状態に対して、本来二人の邪魔役である周囲の脇役たちも
対応にあぐねる部分があり、必然的に存在価値をなくしていきます。
そもそも、複数ヒロインがいるわりに
誰一人として、兄とまともな会話が成立しない。

このため、兄にとって「妹とはできないたぐいの話」をする相手がおらず
兄の考えていることが視聴者にはよくわかりません。

一歩引いて状況を俯瞰してる人物がいないというのは、
この作者、人間に興味がなさすぎるのではないですかね。

おかげで視聴者としては「近親愛」の是非を保留にしたうえで
兄妹の一体どちらに肩入れすべきなのか、今ひとつ立ち位置がつかめず
呆然と進行を眺める結果になります。

これだと、おそらくこの作者がやりたいのであろう
暴走気味のボケに淡々と突っ込んでいく応酬型の会話劇、
(西尾維新的というか、あるいは「生徒会役員共」的なもの)
にうまく波長が合わない場合、
最終話までの視聴は単に苦役となるでしょう。
誰一人成長もせず、何も変化せず終了します。


しかしこれは「大きな物語が存在する」と
勝手に期待した場合にのみ起きる失望なのです。

これはセットされ固定した状況下での会話を楽しむためのアニメ、
ある種のシチュエーションコメディあるといえます。
近親愛という、湿っぽく情念めいたモチーフを導入しているせいで
この点が最初に理解されにくいのが作品として不利ですね。



その他――
特筆すべきは、徳本善信演出回でしょうかね。第05話と第11話かな。

徳本善信さんの演出には良いところがいろいろあるんですが
一番わかりやすいのが「カットの切り方」でしょうか。

よく「テンポがいい、悪い」という言い方をしますけど
そういうものとも違う。
バッサバッサと切るわけではないけど、意表をついた瞬間で切ってくる。
で、その直後、その切り方が絶対的に正しいのが瞬時にわかる。
声優がしゃべってるセリフの途中でも平気で切ってきます。
これは見てもらうとわかるんですが、やたら気持ちいいですよ。

僕が徳本善信さんを知ったのは「プリティーリズム オーロラドリーム」の
第32話「爆笑!せれのん浅草漫才修行」でした。

プリリズはちょっと特殊な構成の作品なんで、
よく知らない人にはおすすめしにくいのですが
この32話は、もし機会があったら是非ご覧になって欲しいです。
「これはうまい」と思うはずですよ。

  

category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2012秋アニメ 武装神姫  

■武装神姫 http://www.tbs.co.jp/anime/busou/

身長15cmのミニサイズで重武装も可能な人形たちが
ちょっと頼りないけど優しいマスターの生活の世話をしつつ
おもしろおかしく日常を過ごす物語

CGバトルはスピード感重視でエフェクトも凝ってますが
メインである日常描写は、そばに大きさの比較対象物などがない場合
カットによってレイアウトが崩れたり作画も微妙になったりして
作るほうもかなり苦労されてる感じがします。


6122013002002_190590200.jpg


専用のバーチャル空間などを用意して
それなりにリアリティを出そうという試みがあるわけですが
これが返って神姫たちの関係に排他性を持たせ
マスターの存在感がどんどん薄くなっていくという難点が。


6122013002002_190470360.jpg


神姫たちが日常空間にいる場合は
部屋にある膨大な数の小物との位置関係を常に意識せねばならず
こりゃ、描くほうは本当に大変だろうと。


6122013002004_060180130.jpg


こういう小人目線の構図が見られるのは
この作品ならではの楽しい部分です。





バトルのほうは
神姫の重量の関係で地面や壁をぶっ壊すといった派手な表現ができないためか
ケムリや水しぶき、火花などのエフェクトに凝っているのがわかります。
これは作品の大きな見所になってます。
↑は影がいい加減だったりするけど

CGに関しては、インフィニットストラトスの頃からさらに進化して
DFやらフレアやら場面によってバランスも良く、違和感はほとんど無いレベル。
ここまで来たかという感じがします。


6122013002002_030380570.jpg


キャラの顔アップすらもCGで描かれている部分がたくさんあって
手描きとほぼ遜色ない。これはキャラデザインの功績も大きいでしょう。
どっからどこまで手描きなのか、よくわからんほどです。
もっと実線太くていいんじゃねと思うのですが
そうできない事情もいろいろとありそうですね。


6122013002001_150140490.jpg


こういうパースもCGで作れるんですね。
ていうか動きの中でこういう絵を使うのって
かなり高度なことをやってると思うのですが。



とにかくどっからどう見ても、スタッフすげえ頑張ってる。それは認める。
まあしかし、これは売れないでしょうな(´・ω・`)


まず神姫たちの15cmというサイズが
セクシャルなイメージと断絶しているという点もあるのですが
もっと根本的に、彼女らはしっかりし過ぎてると思いますよ。

朝になったらマスターを起こし、朝飯を用意し、
マスターが学校に行ったらお留守番。
部屋をすみずみまで掃除し、宅配便が来れば押捺し、電気代は節約して、
マスターが弁当を忘れれば届け、雨が降れば傘を持って迎えに行き、
あとはひたすらお行儀良くマスターの帰りを待つ。
マスターの喜びだけが自分達の喜び。
一体なんでこんなことになってるのか。それの何が面白いのか?

萌えというのは拙さの中にあると僕は思うわけです。
15cmの小さな美少女がいる生活、と聞いたら
どんなアホなことをしでかしてくれるのかと期待しますよ。
それが4人もいたら、毎日しっちゃかめっちゃかで退屈しないだろう、
きっと部屋の中は収拾のつかない事態になるだろう、
腹の立つことも多いだろう、でもそれは多分幸せな日々なんだと。

でもこの神姫たちは、その期待には応えてくれないわけです。
彼女たちは優秀で従順で、トラブルは基本的に彼女たちの周囲でのみ起こり
マスターの生活は終始乱されることがない。


6122013002004_060180300.jpg
6122013002004_110420150.jpg


結局マスターの存在は、神姫たちのデレ顔を引き出す装置としてしか
機能していません。

「神姫可愛いです」とは思えても
「ここに理想の生活がある」とは誰も思わないんじゃないですかね。
そこは物語として提示する必要の無い部分でしょうか?
僕は仮にそれが人形のプロモーション企画であったとしても、
むしろそうであればこそ、そこをまず描くべきじゃね?と思うんですが。


6122013002004_110420210.jpg


象徴的なのが第02話のこのシーンで
マスターの入学祝いとして、神姫たちがごちそうを用意する。
綺麗に仕上がってて完璧です。
完璧ですが、とても普通ですよね。

本当はここに至るまでにいろいろとトラブルがあって
時間がギリギリだったりした。

たとえばここは、出来上がった料理は完璧だけど
テーブルの周りの床などはゴチャゴチャに散らかってて
足の踏み場も無いほど大変な惨状であるべきだと思うんですよ。
見るからに大変な作業だったのがわかる、復旧にも時間が掛かりそう、
でも料理だけは間に合った。
マスターは神姫たちの心遣いが嬉しい反面、彼女たちの得意顔で怒るに怒れない。
これがそういうシーンであれば、それこそが萌えじゃないですか。

そういう「ちょっとした外し方」の部分が
この作品ってまるで出来てないように思うわけです。
なぜか、神姫たちのやることを完璧にしてしまう。
やることが完璧だから、僕達は神姫たちにかき乱され心奪われることがない。


6122013002004_110440120.jpg


唯一レーネには予測不可能な香りがしますが
スリリングで不確実でポリフォニックな関係性の発展まではみられず。
神姫たちは優秀でソツがなく、一様におとなし過ぎです。
そこに感じるのは神姫たちの人格ではなく、ただの製品の香りです。
それはもう、例えるならルンバの擬人化じゃないですか?

category: アニメ

tb: 0   cm: 0

咲 千里山と新道寺の負けフラグについて  

■咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A - 第14話「憧憬」 http://www.saki-anime.com/

とりあえずまた立った阿智賀女子決勝進出フラグ


6112013002001_110330589.jpg

「だが、結果的に咲の敵を強くしてしまったようだ」
「ううん、強い人と遊べるほうが楽しいよ」
「いや、阿智賀の大将はちょっと厄介だぞ」


「魔物である天江衣」が、彼女が最強と認める「宮永咲」に
直接、注意喚起を促すというのが特別なことなのです。
日常会話の中で、他のキャラ同士が話すのとはわけが違う。

準決勝で敗退するようなチームの大将のことを
わざわざ注意喚起したりはしません。
もしこれが咲と穏乃の対決フラグでない場合、
天江衣の格が無駄に下がることになってしまうわけです。

まあスピンオフとはいえ、穏乃は主人公なので当然なんですけど。
このシーン、本当に必要だったんでしょうかね。


以下原作ネタバレを含む。----------------------------------------------


咲スレにも書いたんですが改めてこちらに。

千里山・清水谷竜華の負けフラグ

6112013002001_110330592.jpg

怜のサポートが入ってしまった。これには心底ガッカリしました。
これで、竜華は自分一人の力では準決勝大将戦に勝てないことになる。

もともと彼女の場合、非能力者設定なので
大星淡や穏乃に勝ちにいける要素は無かったのですが
さらに友人の力に頼ってしまったことで
どうやら奇跡の逆転はなさそうです。

6112013002001_110330593.jpg

新道寺・鶴田姫子。彼女の場合もそうなんですが
鶴田の場合は完全に白水まいるとのコンビで打っている。
しかも鶴田の場合、完全に白水のお膳立てに従ってるだけです。

二人で力を合わせてってのは、そりゃ話としては美しいです。
しかし勝負事ですから、力と力、才能と才能のガチのぶつかり合いの前には
凡人組である彼女たちの出る幕はありません。
結局のところ誰かの力を借りてる人が、この先にある決勝の舞台に行ってまで
同じように戦えるはずがないからです。


本編(清澄サイド)もそうですが
この作品はチームメイト同士の繋がりに重きをおいていて
強いチームにはチーム内の連帯、
そして大将への強い信頼が色濃く描かれる。

たとえば鶴賀

6112013002001_110330590.jpg


そして姫松

6112013002001_110330591.jpg


それぞれの大会で結果を出したチームって
部員5人が一定の敬意を払い合ってる。
「大将」ってのはエースとは違うわけだけど「託されている」し
「他の4人」に託されていることを承知しています。

これに関して鶴田姫子はどうでしょう。清水谷竜華は?
どちらとも、チーム内に「大切な人」がいてその人のために戦ってるけれど
その他のメンバーとの結束のようなものはほとんど描かれてない。
このことからも、新道寺と千里山の敗退は確定してると言っていいでしょう。

ちなみに、白糸台・大星淡に関してのこの件は「まだこれから」
まだ描かれてないのと、もうこれ以上描かれそうにないのとでは
大きく違うわけです。
少なくとも、現時点では。


で、穏乃に関してですが――

6112013002001_11033051z96.jpg


新道寺と千里山が揃って「2人の力を合わせた戦い」をしてきたので
阿智賀にはこれに対抗する形で、「5人の力」を全力で押してくるはずです。

簡単に言ってしまえば
クロのドラ集め、ゆう姉の赤牌、あこの泣き、そしてアラタのピンズ多面張を
全部ミックスして良いとこ取りしたような戦法になるんじゃないでしょうか。
それなら「5人で戦ってます」アピールになりますしね。


まあ、僕の予想はいつも外れますけど。


 

category: アニメ

tb: 0   cm: 0