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2012秋アニメ K    

■ K  http://k-project.jpn.com/

情報量多め。キャラ同士のアングルが多様で、なおかつ難解な作中用語も頻出。
物覚えが悪いためメモを取りながら視聴したところ、肩がこってヘトヘトになりました。

しかし、これを漫然と流し見してたら内容が理解できない、
というよりも捨ててよい情報と重要な情報との区別がつかないです。
主要キャラクターの行動目的が中・終盤まで判然としないせいで。

この大層わがままな作りで、一巻9000本売ってるのだから実際たいしたものです。
二期の制作にも入ってるそうで、現実に多くの支持を獲得してるわけです。
大成功してるといっていい。


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そういえばこれ、ヒロインがケツ穴をさらした史上初のアニメですよね。



で、とりあえず前述したキャラの行動目的について少し整理してみます。

まず、三人の王のそれぞれの行動を洗い出してみると

<無色の王>
・赤クラン幹部・戸塚タタラを殺害>飛行船に移動し、白銀の身体を奪う>飛行船落とし>地上にて赤を挑発>学園島に潜伏
・行動目的は、王同士を争わせ、最終的に全王を倒すこと

<赤の王>
・戸塚タタラ殺害事件で拳銃の流通ルートを探るが空振り>わざと青のクランに捕まる>無色の再挑発待ち>脱走、学園島へ
・行動目的「落とし前をつける」と本人が語る

<青の王>
・赤の王に、軽率な行動を思い留まるよう進言
・「ユウキシステム」で無色探し>戸塚タタラ殺害に関係してそうな白銀の調査>脱走した赤を追い学園島へ
・行動目的は、ダモ剣落下による破滅の回避


彼らの行動には完全にスジが通っており、行動目的のほうも一応、終盤で直接語られます。
なので最後まで見てさえいれば、話としては理解できる。
問題は、その彼らそれぞれの目的が明確になるまでの引きの弱さですね。

物語は「トツカタタラ」が殺害された事件を発端とするわけですが、
そもそも何故タタラが殺されたのかがわかりにくい
ここが肝であろうと思うんですよ。タタラが殺されたのが偶発的に見えてしまう。

無色の王は、赤王を挑発したかった。
赤の幹部を殺して、その責任をシロに被せつつ赤王を挑発し、
ダモ剣の落下、赤青両クランの激突と混乱を作りたかったわけです。
だがその挑発に、赤王は乗ろうとしなかった。

この一連の流れがわかりにくいために、
赤王が青クランに自ら捕まり、寝て過ごしてる意味がわからない。
後の行動の意味も「落とし前をつける」と赤王本人が口にするまで見えてこない。


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で、これを回避するためには
殺害前に無色の王に「ホムラの戸塚タタラだな」と確認させるとか
いくつか方法はあったはずなんですよ。
ホムラの幹部とわかってて殺したのであれば、
赤王には復讐の動機がちゃんとセットされますよね。
タタラはなぜか自分から自己紹介しちゃってますけど。アホかと。


あるいは、全然違う方法として
戸塚タタラを最初から「美少女」にしちゃうという手でもよかった。
もし女の子だったら、それが無慈悲に殺されれば
赤王には激しい復讐の動機が芽生える(と視聴者に理解される)ので
展開は大変わかりやすくなる。
まあ、腐な方々には不興を買うでしょうけど。





あとは、ネコの能力について――
6話あたりで一気に物語が面白くなる、例の叙述トリックですが。

ネコによる知覚操作、認識だけでなく、記憶まで操作できるってのは
トリックとしてアンフェアといったら言い過ぎですが
あのままでは少し都合が良過ぎではないかと。

認識が操作されるシーンは追いかけっこで出てきたけれど
記憶が操作されるシーンは別途に挟んどくべきだったんじゃないかな。
じゃないと、(登場人物たちにとって)まったく予測の立てようがない。

にも関わらず「偽りの記憶を作り出したり、初めて出会った人間を古い知人のように
思い込ませたりすることができる」と、クロが唐突に知ったふうな説明しますよね。
あそこに違和感が生じる。


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だとしたら、クロに実体験で記憶操作されるイベントを用意してあげるべきだった。
これは別に尺を取るような話ではなく、簡単な内容でいいのです。

たとえば、「卵焼きはふんわり甘く焼いたが、万一ダシ巻きのほうが好みだったら申し出ろ」
というセリフがありましたが、このセリフが
「俺の記憶ではダシ巻きより、ふんわり甘く焼いた卵焼きのほうがお前の好みだったはずだ」
であるだけでいい。ちょっといじるだけで、あとの記憶操作の説明がとてもスムーズになる。

こんな風に思うのは、僕だけですかね。



その他――
全編に渡り、作画良かったです。惚れ惚れするようでした。

原画いつも少人数で回してて、まあ二原多数まいてるとはいえ
どんだけ分業管理できてんだと感心しますが
進行さんもかなりしっかりされてるんでしょう。





こういう構えってプリラバでもありましたよね。
レイピアとか洋剣の作法には疎いですが、映画かなんかに元ネタがあるのかな。
こういう構えが本当に立ち合いに有効なのかどうかはわからないけど
シンプルで少ない動きなのに、見た目はかなり決まってますよね。
僕の股間も抜刀しそうです。

                            

  
                              

        
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category: アニメ

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2012秋アニメ BTOOOM!  

■BTOOOM! http://www.btooom.com/

銃を使わず、爆弾のみで戦うというのは斬新で面白いと思うのですが
見続けてると、爆発のインパクトはどうしても薄れてしまいますね。
主人公は死なないしケガもほとんどしない、
それはともかくウェザリング(汚し)やらダメージ表現がほぼ皆無なのがどうも。

作画が追いつかんのでしょう。
一箇所汚したらつなぎのカットもいちいち統一せにゃならんわけですし。
それはキャラデザを変えるのと同じことなわけで、悩ましいところです。

でも、さんざん死地をくぐり抜けておいて
シャツや顔が綺麗なままなのは、やっぱりおかしいですよ。


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視聴に際してどうしても気になった点が二点あります。
ひとつは主人公がアホに見える点、もうひとつは伊達の存在の意味です。

(1)まず主人公についてですが

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スタンガンを構えて「やめろ!」と背後から叫んで脅す。
意味がまったくないです。
どうせ殺傷力ないんだし、さっさと気絶させちゃえばいいのに。


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敵が人質を取ってるってことは、
爆弾投げてくる主人公に対し、追い詰められてるのが傭兵のほうということです。
なぜそこにわざわざステゴロを挑むのでしょう?
ここは物陰から石コロひとつ投げ入れるだけで、敵をビビらせられる場面です。
傭兵相手に、ナイフを奪えば勝算があると考えてしまうのもクレバーじゃない。


このように、主人公の対人行動が何かにつけて不用意なのは
彼がゲームの世界ランカーでチート力を持ってるからで
展開上、どんなピンチでも最終的にそこに頼れるのがアダとなってるわけです。
とりあえず深く考えず突っ込んでいく。いつもスタンドプレイ。

それなのに、彼の行動目的は「人との協力による島からの脱出」です。
ここがわかりにくくて、アホに見える。


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他人の爆弾や食料を持っていたヒミコを徹底的に疑ってみせたかと思えば、
爆弾の使用形跡がない伊達はあっさりと仲間に引き入れてしまう。

彼は基本的に、人を信用したがってる人なわけです。
だから必要な情報さえあれば、これ幸いと相手を信用してしまう。

というのも、彼は@数個のチップを「誰も殺さずに」手に入れたいと思っている。
人殺しや強奪は極力したくない。
だからチップを融通し合える、信用でき仲間となれる人を求めているけれど、
「もし襲われたら、相手を殺してチップを奪い取る」というオプションも
放棄まではしていない。

そのため伊達にもヒミコ・平にも、生き残るために何が最優先なのかを言わない。
「こういうプランで@数個のチップを手に入れたい」とハッキリ明言しない。
「人を殺すことになるかもしれない」と、彼らにも視聴者にも言えないわけです。

建前上、ノープラン。結果として主人公の行動は場当たり的な印象を強め、
お人好しのアホに見えてしまう。



(2)伊達の存在の意味について

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「あの、もし良かったら、一緒にこの島から脱出するの協力してもらえませんか」
「はい。チップを8つ集めて、迎えのヘリを呼んで、ヘリを奪って逃げるんです」
「俺たち、今チップを3つ持ってます」

チップを3つ持ってますという、この情報公開は
(1)の印象のつながりで主人公がすごくアホに見えてしまいますが、
実は3つ持っていると教えたことで、結果的に伊達は彼らを殺せなくなった。
伊達が彼らを皆殺しにしても、脱出には@1個足りないからです。
ココは実は、よく出来てるところです。


で、伊達と出会ったことによりもたらされたメリット/デメリットを整理してみると

<メリット>
・投下物資の定期便情報
・平を孤独にしたことにより死に追いやり、結果2+1でチップ3個ゲット。計6個に。
(平と協力関係なので元々2個は手に入るが、平が死ななければ3個目は手に入らなかった)
<デメリット>
・簡単に人を信じてしまう主人公の不用意さがまた強調されてしまった。

結局、チップ数の勘定としてプラス1なわけです。
伊達を殺せていれば、チップは7個揃ったので損をしたとも言えますが。


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今回のゲームに限って言えば、一応伊達は誰も殺してないので
死をもって償うほどの罪過ではないといえば確かにそうですが、
必要以上に露悪的なモノローグが登場時から執拗に繰り返されたため
平が死に伊達が生き残るというのは、どうしてもモヤモヤ感が残ります。


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つまり、そうまでして伊達を生き残らせたのは
物語的には必ず意味があるはずなのです。そうでないとおかしい。

今後の展開上、伊達の再登場は必ずあるし
そこで伊達が生かされたことが主人公側に何らかのメリットをもたらすはず。
しかし、今回のシリーズではその結果を表現する尺が足りてない。
となると、これは致命的なんですね。
視聴者は普通そこまで都合よく先読みしないし、意味がつながらない。

なぜ平が死に、伊達は生き残るのか。結果としてこのモヤモヤだけが残ってしまう。
これは、中途で投げて終わる物語のわずかなカタルシスを
さらに中和してしまう悪影響を残したように思えてなりません。


category: アニメ

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いまだ!撮影用語解説のチャンス  

神様はじめました 第01話「奈々生、神様になる」




ここ、地味に凝っていて面白いカットだったので
良い機会とみて用語解説を

これ、とっても空間的な奥行きを感じる絵だと思うんです。
格子がよく効いて、その向こうの参拝者の姿と手前の空間を分けてますよね。


①参拝者のうしろの緑色の木々の背景(BG)
②参拝者
③鈴緒(すずのお:拝殿の呼び鈴についてる麻縄)とさい銭箱
④格子戸
⑤手前の人物(ナナオ)

このカットには上記5枚の絵が使われていて、
よーく見ると、参拝者の絵の上で鈴緒、格子戸が右にゆっくりズレていくのが
わかると思います。
こういう撮影方法を「密着マルチ」といいます。

車窓から見えるように遠景はゆっくり動く、近景は早く動くっていうアレですね。
例えばこれとかに多用されてます



で、カメラがゆっくりと引きながら、うしろに下がってく感じがしますよね。
これを「トラックバック」と言います。T.Bと書いたりします。
逆にカメラが近づいて行くときはトラックアップ。T.Uと書きます。
「トラック」というのは映画の撮影カメラなんかを載っけるレール台車のことです。

ズームイン/アウトとの違いは、カメラが寄る/引くだけで
ピントが変わらないという点ですね。
アニメというのは基本的に画面上のすべてにピントが合ってるものなので
この違いには意味がないとも言えますけど。

で、上のgifでは①参拝者のうしろに緑色の木々の背景(BG)にも
速度の違うT.Bが掛かってます。よーく見てください。



そして、カメラがぐーんと引くにつれ画面の左側にナナオの頭部が見えてきます。
これを「密着引きIN」と言います。
反対に、カメラが寄って人物が画面外に消えていく場合は密着引きOUTです。



それから、画面に入ってくるにつれナナオのピントがゆっくりと合っていきますね。
これが「ボケ」~「ノーマル処理」


「密着」というのは、
撮影するときに複数のセル画やBGを密着させないと
ピンボケを起こすからだそうで、
今の撮影ではデジタル処理されるので言葉だけ残ってるそうです。


こういうのはググって調べれば出てくるし
別に視聴者が覚える必要も全然ないのですが
まとめて紹介できるのは、あまりない機会だったので。何かの参考になれば。



(*´ω`*)ノシ 良く~ん

category: アニメ

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2012秋アニメ 神様はじめました  

■神様はじめました http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/kamisama/
ほしひとつ

「花とゆめ」連載中の人気少女マンガ原作ということで
作品はもともとローティーン少女向け。

僕ごとき汚物が絵柄を見てもアイスクリームに粉砂糖をまぶしたような印象だけがあり
自分は対象年齢から大きく外れているのだと感じます。
それゆえ内容について僕が何か指摘したところで
高確率で的外れとなることでしょう。

たとえそうでもこれは歴とした深夜アニメ、そして何より大地監督作品でありますから
絵柄にさえ強引に慣れてしまえば、面白くないはずがありません。
http://www.b-ch.com/ttl/index.php?ttl_c=3451&mvc=2_0_188920_1_0_0


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ほお。こんなところで山中純子


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こういう耽美的な少年像は池田理代子とか魔夜峰央の影響下にあるんでしょうかね。
あまり花とゆめ作家の絵柄を系統的に理解してないですけど。

物語は
親の夜逃げでホームレスとなった女子高生が
出奔した土地神と知り合い、みしるしを与えられて
社(やしろ)に迎えられ、新たな神として奮闘する。というもの。


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土地神様は、参拝者の祈願を成就させることで
信仰を集め、「通力」を増していく。
ああそうやって主人公が努力の末、神としてレベルアップしていくという
ストーリーなんやなと僕らおっさんは思いがちですが――

原作の主たる対象読者であるローティーン少女のパラダイムでは
「わずらわしい親のいる生活から解放され」
「イケメンの眷属にかしずかれ」
「神様として崇められる」
もうこの時点で勝ち組、羨望のまと。物語として完成なわけです。
鍛錬とか修行とか、そういう泥臭い展開にはならない。
イケメン眷属とのロマンスに話は向かいます。

それでも大地丙太郎ですから、演出は簡潔にまとめられ冗長さがない。
ばっさばっさ切ってきます。展開早いし、やっぱり面白いです。


敵のワナで主人公と眷属が社を追われる回(5話)や
拉致された眷属を救うために特殊アイテムを探す回(9話)など
何か大事なものを奪われた結果、主人公に強い行動目的の生じる回のほうが
僕などはやたら引きの強さを感じます。

しかしシリーズはあくまでロマンチック路線、ラブコメ基調であることを考えると
少女マンガのツボは僕などが考えるのとは別のところにあるんかなあと。
「こういうところが面白い」「ここはこうあるべき」みたいな話は
何もかも見当違いなのかもしれないとつくづく思う。

思えば自分の論評にはこれまでそういう視点が完全に欠けていて、
今後は自戒を込めて胸に刻みたいと思いますね。
お前のために作ってない。略してOTN。


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それを承知のうえで、第09話「神様、竜宮城にいく」は
非常によくできてますよ。

主人公に選択の機会を次々に与えたうえで
その都度「彼女にしかできない判断」によって性格を掘り下げて見せ、
利己主義者として描かれてきた同行少年が
主人公の人柄に心酔していく過程まで描写する。
好転と悪化を繰り返す事態がいい感じに魂をゆさぶってきます。
「なぜ普通の女子高生である彼女が神に選ばれたのか」が
この09話を通してちゃんと理解できる仕組みになってる。
これは実に上手いと思いましたよ。


その他――

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07話、本多康之回。これも良かった。


あとは、やっぱりクラマ君

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彼はもう、反則的な面白さです。ズルいです。

僕の場合、彼が毎回スモークとBGMと供に教室に登場する時
扉がガラリと勝手に開くのを見ただけで爆笑してしまう。


category: アニメ

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2012秋アニメ となりの怪物くん  

■となりの怪物くん http://www.tk-anime.info/

少女マンガ原作ということで
円盤を巻あたり五千本売ろうといった脂ぎった企画ではなくて
とりあえず中期的にリクープできればそれでよく
むしろ原作マンガの海外展開まで視野に入れた
予算二億程度の中小規模の企画であろうと思われます。
監督が音響を兼任しておられる点からも低予算なのは明らか。

そう割り切ると、プロモーションにしては非常によく出来ている、
かなり丁寧に作ってある作品であると見ることもできます。
よく知りませんが「このマンガがすごい」的なもので上位ランクされた原作らしいので
ある程度期待しても大丈夫というのも好材料です。
まあ、その原作のほうがまだ未完らしいので
どうやったってお話は丸投げになっちゃいますけどね。


簡単に言ってしまえば
サヴァンの少年とガリ勉美少女の
未熟で不器用な恋物語。
http://www.b-ch.com/ttl/index.php?ttl_c=3455&mvc=2_0_189013_1_0_0

いわゆる萌えアニメとの相違点として、同じ色恋メインの物語でも
より恋のありように重点が置かれるところが少女マンガならではですが、
こと人格設定に関して丁寧な作り込みが散見されます。


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主人公シズクは他人に心を閉ざし、感情表現も最低限しかない自己完結型で
相手役の男子との恋愛よりも勉強のほうを優先しようとする。

勉強を「音楽」やら「スポーツ」やらに置き換えてみれば
そういう熱中の仕方をするタイプなのだと理解できなくもないのですが
一体なぜそこまで?というほどの異常なこだわりようで、
勉強に関してほとんど強迫観念のようなものを抱え込んでいる。

これに関して明確な理由説明がない代わりに
作品は彼女と父親との関係に何度かスポットを当てています。


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主にコメディリリーフとして登場する父親は
状況の深刻さに反してユーモラスな父娘関係として描かれますが
ふがいない父親に代わって家族を精神的に支えるため、
主人公シズクは高い自己評価を維持しなければならない立場にあります。

彼女の人格面、感情の抑制と鈍麻は
幼少時からの父権的権威の喪失、母親の不在によるところが大きい。
彼女は明らかに両親からの評価や干渉に飢えた時期があって、
家族や周囲との対話の中に自己の価値をうまく見出せず、
何事にも感情を抑制してしまうため、強い刺激にしか反応しない。
そこで相手役のハル=怪物、に反応してしまうのは
理に適っているといえる。

本質的には「勉強嫌い」なシズクは、努力なしに「彼女の理想的自己」を実現している
ハルに対して畏敬の念を抱き、同一化したいと望んでいる。
だから彼女は、ハルからの「シズクはすげえな」「シズクがいてよかった」といった
存在価値を無条件に肯定してくれる言葉に極端に弱い。

その一方で家族を支えるため、またハルと対等であるために
高い自己評価を維持しなければならないことが
勉強への強迫観念になってるわけです。


こうした設定の合理的な作りこみは、実際には作品の面白さと直接無関係ですが
作家の高い力量が測られ、作品への信頼感を高めてくれますね。


その他、夏目さん

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彼女の愛くるしさ、
そして彼女の抱える切実なまでの友情への飢餓感は
時折、胸を締めつけてくるほどのものがあります。
シズクが人を求めない代わりに武装し続けた失敗者であるなら
彼女は人を求めて武装解除し続けた失敗者。
これはもう、作品を見てもらったほうがいい。なかなかいないほどの良キャラです。
CVは種﨑敦美さん、メインキャストへの抜擢はこの役が最初のようですが
よい仕事をしています。

category: アニメ

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2012夏アニメ ソードアート・オンライン  

■ソードアート・オンライン http://www.swordart-online.net/

市場からもちゃんと評価を受けた作品なので、今さら僕などが何かを指摘しても
しょうがないでしょう。
すべての作品はこの作品を越えることを目指せばいい。
それ自体は不可能なことではないと思いますが、
この作品の場合、物語として至らない部分も含めて「不完全であること」が
逆に人気の秘訣になってるような気がして、そこが興味深いというか
面白いですね。

とりあえずアスナ可愛いよアスナ。

#10
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キリトが人を避ける理由を問うアスナ。
全滅した昔のギルドについて語るキリト。

宿命として影を背負うキリトを救済しようとするのがアスナで、
アスナはいつも光源の側にいて、アスナがキリトの顔に光を当てます。


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同じく第10話、救援に駆けつけたアスナはやはり光源の方角にいる。
イメージカラーの白が強く印象付けられますね。
第02話以降、アスナが物語を離れたのは
キリトがアスナと再び出会うのに必要な因業を積むためとも言える。
それを光で照らす役割がアスナに与えられているわけです。


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#14
アスナと光源の関係はいたるところに配置されていて、
つまりキリトにとってアスナは「光」「希望」「明日」「未来」のイメージなんですね。
それによって14話の生還後、病室の影の中で目覚めたキリトは
アスナを求めて光源の方向に歩いていくわけです。


この二人は第08話「黒と白の剣舞」以降、急速に関係が深まっていき
その進展ぶりには唐突なイメージさえあるのですが
これは二人が互いに嫉妬をする機会を与えられていないからでしょうね。
一直線に結婚までいってしまう。
まあこの爽快なまでの捗り方にも類例がなく、逆に新鮮であるのですが。

アスナは可愛くて強くて責任感があって、もろさもあって一途でやさしく
料理上手でエロくて表情がくるくる変わって周りにモテモテ。
スキのなさが恐ろしい、あまりに完璧すぎて人によっては息苦しいかも。
そういう人は、親しみやすいスグハのほうを支持するのかもしれません。

で、スグハについて。

#25
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最終話、最重要シーンがここです。


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「リーファ。俺、ステータスリセットして弱っちくなっちゃったからさ。手伝ってくれよな」
「うん。いくよ。どこまでも一緒に」


まず最初のポイントはスグではなく「リーファ」と呼んでいること。
妹スグの気持ちには応えることができないが、
ゲーム世界においてスプリガン・キリトの相棒は
まぎれも無くリーファであり、どこまでも一緒だということですね。

スグハ最大の懸案はアスナが帰還したことで微妙になる自分の居場所であり
キリトの言葉はひとつの救済となる。
身を引くこと以外にできることがある、必要とされてるということが
人間にとってなによりの喜びなのです。

そして第二のポイントが「手伝ってくれ」
コミュ障気味のソロプレイヤーであった頃のキリト君なら
どんな難易度のミッションであろうと、自分から誰かに助力を頼むことなどあり得なかった。
このセリフが唯一、キリトの人間的な成長を示しているわけです。


物語として指摘すべき点をひとつだけ。
スグが兄に恋をしたという事実はアスナ救出に繋がっているけれど
リーファがキリトに恋をしたという事実はそうでもない。

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これがなんらかの形で、問題の最終的解決に繋がっていれば
後半は完璧だった。

リーファが恋をしていなかったらゲーム内でアスナは助かっていないという状況。
これがないから、リーファの恋は本筋とは別の話になってしまっている。
結果としてスグルドの裏切りやケットシー&シルフの会談などは
フィラーエピソードの扱いにならざるを得ない。
まあ、どんな作品であろうと完璧ということはあり得ないんですけどね。


内容についてはそんなところですが、あとは子安劇場。

#24
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「あーーー手があ!ぼくの手があーーー!」

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「おーーーわーーー」


このあたりの子安さんはもう本当に心から楽しそうで、こっちまで笑ってしまいました。
全然笑う場面じゃないのに。










category: アニメ

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2012夏アニメ 織田信奈の野望  

■織田信奈の野望 http://odanobuna.com/

戦国時代にタイムスリップしてみたら織田信長が美少女だったという話。
主人公が戦国シミュレーションゲームで鍛えた知略で
天下統一をサポート/プロデュースしていく面白さがあります。

冒頭のナレーションで
「時は戦国。群雄割拠する武将たちは戦いに明け暮れておりました」とありますが
群雄割拠する武将たちって日本語ヘンですよね。まあいいですけど。


アニメでは大筋で史実に沿いつつ
桶狭間から美濃攻略、そして上洛、金ヶ崎の撤退のあと
姉川の戦いはすっ飛ばして比叡山までが描かれます。


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基本は「姫武将」なるものが多く登場する萌えアニメなのに
やたら死体がゴロゴロ出てくるのがすげえなと思いながら見ていました。

萌えと死は互いに相反するものでありますから
これはひとつのチャレンジであると考えることもできましょう。
視聴者にドン引きされてしまう危険性をはらみますし。

なんでここまでやるのかなあと考えてたんですが
まあ乱世である現状への客観的な視点を視聴者と共有するためかなと。

たとえ萌えアニメでも、劇中にて戦国武将を描く以上
戦場にて人を切り捨てる場面とか描かざるをえないわけで。
信奈が何もしなかったら人がバタバタ死んでいく、という場面を見せることで
信奈に大義――というより免罪符を与えてるわけですね。

ただ、萌えキャラというのは死から遠い場所にいる存在ですので
もし死ぬとしたら、それなりの段取りや大きな尺を要することになるため
何が起ころうと姫武将キャラはまず死なない、とわかっているわけで。

劇中で死ぬキャラと死なないキャラが判別できてしまうというのは
進行上、多少の問題があるような気がします。


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「信奈は天才」「織田信奈は特別」と何度も登場人物に言わせますが
信奈が具体的にどう凄いのかはあまり描かれていません。
このあたりは「ヒロインは織田信長の女体化である」という前提に頼りすぎかも。

戦闘能力がズバ抜けてるわけでもない、知略に優れたキャラは半兵衛など他にいる、
大勢の部下からの人望なら五右衛門も持っている、
おおらかさと寛容さはあれど、結果だけ見れば判断ミスも多い。
極論すると、信奈には可愛さだけしかない。
他の姫武将との違いは「大きな夢を持っている」という漠然としたヒロイン特性だけ。

視聴者が一番期待するのは、他のキャラや作品とは決定的に違う
「この作品にしかない凄さ」「織田信奈にしかない圧倒的な何か」ではないかと。
そこを描けていないのは、この作品の大きな弱点と言えるでしょう。

相良良晴が未来で得た知識を物語にもたらせばもたらすほど
信奈の存在は「普通化」し「平凡化」していく。これがこの作品の抱えるジレンマです。

「歴史が少しずつ狂い始める」というところまでは描けていた。
信奈の存在は、それをさらに超克していかなければならない。
相良のカンニングのせいで狂ってしまった歴史をさらに天才の発想で狂わせて、
信奈が「さらにその先の未来」を力づくで強引に切り開いていく。
我々が見たかったものって、そういうものじゃないかな。


当初は、信奈をあえて感情の揺れ動く普通の女の子として描くことで
比叡山では彼女を狂気に走らせる、その時のギャップを強調したいってことかな?とか
思ってたんですが、結局そういう話でもなかったようですね。
まあ可愛きゃいいんですけど。



あとは、終盤の比叡山戦に関して――
まあ最後だし、ここで見せ場を作って盛り上げないと、という感じなのでしょうが
ちょっとこれは構成的にも強引過ぎるというか。

関白の突然のご乱心が何もかもブチ壊してるように思いますが
敵側は恐ろしく自信たっぷりだったわりに速攻で自壊してますし
そもそも朝倉などが一緒に立てこもる理由も最初からないように感じますし
もうちょっと合理的な筋立てにならんかったものか。
ここは何をしたいのか、意味がわからないです。
それなりに盛り上がってるので、これでもいいのかもしれませんが。



その他――

#11
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京における信奈の居城ですが、これは現存しない二条城ということだと思います。
このふすまの書は判読できるところから解読すると


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天高淮泗白 料子趣修程
汲水疑山動 揚帆覚岸行

となり、これは唐の詩人・曹松の律詩「秋日送方干遊上元」であろうと。

で、「曹松」という人は「一将功成って万骨枯る」という漢詩/格言で大変有名です。
一人の将の成功の影には、大勢の下っぱの犠牲があるという意味です。
「己亥歳」の一節で、曹松ならばむしろこっちのほうが有名なのですが、
こちらにすると、意味のうえであまりに織田信長公にドンピシャなので
曹松にちなんだまま、違う詩にしたということなのだろうと。

遠くに行ってしまう友を見送る詩です。
ふすまの向こうで死線をさまよう一人の将、という状況に沿っているわけですね。
なかなか凝った趣向です。

category: アニメ

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2012夏アニメ ココロコネクト  

■ココロコネクト http://www.kokoro-connect.com/
★★ほしふたつ

ちゃんと、というのも変ですけど
登場人物にとって最悪の展開が視聴者にとって最高の展開、
というのが僕の考え方でして、この作品はちゃんとそうなってるのがイイです。

「彼ら」は誰でもない。そこらへんにいそうな高校生。
特技や特徴があるでもなく、金があるでもなく、
背格好も身体能力も普通で、知性も考え方も年相応。

そんな彼らの中にある、誰もが持ってるようなごく当たり前の性質の一部分を
任意に切り取ってぐーんと拡大して思いっきり増幅して、
互いにザクザク傷つけあって関係を深め合う、というのがコンセプトですね。

「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」で誰の絵なんだかわからないキャラデザをしてた赤井俊文が、
「誰でもない」高校生を描くこの作品に、堀口絵のクリンナップとして関わるという
奇妙な巡り合わせも面白い。

作画レベルは全体的に高くはないです。
しかしシナリオのほう、とくに中~終盤に至る部分は抜群に面白かった。


「カコランダム」にあたる第13話までは
「友達とは時に傷つけ合うものである」的な話の中でも
何だかんだで仲良し同士は気を遣い合っていて、本気で傷つけ合ってはいないよね。
これを言ったらおしまいだろ、的なところまでは踏み込まないよね。
そういう意味ではヌルい展開だけど、これはテレビアニメだから
そこまで要求するのは無理がある、うんうんそれはわかってる、と思いながら
見ていたわけです。

14話以降、いい意味で裏切られましたね。
何度も壊れかけては修復していた友情をひっくり返し
無関係な周囲まで巻き込んで人間関係を崩壊させ
成立すると思われたカップリングまで叩き壊してみせたのは見事です。
これはやられたと思いました。これで星ふたつが決定してしまいました。
僕が張本勲なら「天晴」と叫んだでありましょう。



11~13話の時間退行の章は
前二章と違い、主人公たちに得るものが無かったように感じたので
何でだろうと思ったのですが、
これってあとから考えると、丸々14~17話の伏線になっていたわけです。
とくに13話

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「お母さんを守るの。私がうまくやるとお父さんは機嫌がいいから」

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「思い出した」

このとき伊織は、時間退行の副作用によって
ずっと探していた過去の自分、本当の人格を思い出してるわけですね。
二番目の父親を懐柔するために人格を作り上げた自分は
本当はどんな人間であったのか。これをすべて思い出した。

それが、今まで演じてきた自分の理想とはかけ離れたものであったがゆえに
「人として存在」するための足場すら怪しくなってくる。(→02話)
この不安が#13最後の独白に繋がる。

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「いい奴なのだけれど、私は本当に八重樫太一のことが好きなのだろうか」

恋愛劇を演じるように、共演者は自分が演じた人格に恋をして、
自分もまた相手に恋をする演技をしていたようなものではないか?
それと一体何が違うというのか?
このことに気づいてしまうと、もうどうにもならない。


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「もう今さらどうにもならないってわかってるんでしょう? 永瀬さん」
「なにが」
「あなたがこれからどうにかしようと思ってることですよ」

探していたものを見つけてしまい、一度同一化が起きてしまえば
確かにどうにもならないわけです。
ジョハリの窓、「公開された自己」が拡大すれば
伊織の自己開示は逆に遠のいていきます。

そして物語は14話~感情伝導編に突入し
伊織が壊れていく。


#14
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部室にて
期せずして稲葉から伊織に直接伝わってしまう言葉。
また、このあと伊織から青木に直接伝えられる言葉。
ここの内容を伏せてるのは上手いですね。

まさにここで伝えられるのは、人には言えないような言葉。
これを言ったらおしまいだろ、的な言葉であろうことは想像がつく。
形にせず状況だけを表現してみせるのはアニメならではの演出の妙でしょうね。


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感情伝導によって構成される、二人にとって最後で、偽りのない言語空間。


これも各章にいえることですが
毎度フウセンカズラによって課せられる条件を
巧みに利用する形で円滑にコミュニケーションが図られるところも
好感度が高いです。

いやあ、いいもん見せてもらいました。


category: アニメ

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2012夏アニメ 恋と選挙とチョコレート  

■恋と選挙とチョコレート http://www.koichoco.com/

所属する部活が廃部になる、というパターンの学園モノは星の数ほどあるとして
じゃあ生徒会長に立候補して選挙戦を勝ち抜き、政権を掌握して
廃部を免れよう、というのがこの作品のオリジナルなところ。

この場合、いきなり非日常の扉が開くのではなく
日常の延長として物語が展開します。
これは彼らにとって現状を維持するための消極的な戦いであり、
「食研部」というのが客観的には取るに足らないような部活である以上
生徒会長になるという目標が広く全校生徒の利益になるような見せ方でないと
視聴者の共感は得にくいかもしれないなと。


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で、食研部をはじめ廃部の瀬戸際に立たされる部活にとって
「日常の破壊者」である財務部長は
せめて序盤だけでもしっかりした悪役であるべきだった。

ただお菓子を食べてるだけのくだらない部活でも、
部員にとってそれが何物にも変えがたい、大切な場所であるのは理解できる。
それを一方的に奪おうとする人に、一定の理や人徳があることを
あまり早い段階で見せてしまうと
危機感は中和され、物語が加速しないだろうと思います。


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で、この東雲さん
一人やたらゴツいブーツを履いてたり、身体はとってもエロくてすばらしいのですが
この作品はエロゲ原作のわりに、あまりサービスらしいサービスシーンもありません。
これはまあTBSの方針であろうと思われますが。


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であれば、もっと絶対領域に徹底的にこだわれと言いたいわけです。
東雲さんだけでなく他のキャラクターもそうですが、
このキャラデザインで裸もパンチラもNGなら脚を。もっと脚を描かんかいと。

裸など出さなくても、水着回がなくても
やろうと思えばもっとエロエロにできるはず。


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しかし演出にはそういう邪念は皆無らしく
ひたすらバストアップ、揺れもしない乳袋の描写に傾注してますね。
制服デザインがすでに乳袋なので、バストは必要以上に推すこともないと思うんですが
よほど乳袋好きが集まったんでしょうか。

やたら前に出てくるビール好きの先生もそうなんですが
そういうのは画面の端でさりげなくやってこそ面白いんであって
あまり前面に出されると、なんだか品が悪く見えます。

まあ趣味の問題でしょうかね。


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描写不足という点ではキャラクターに関して
個別回がほとんどなく、大勢が一斉に登場するため
到底名前が覚えられません。

上の木場美冬に関しては、間違えて原稿を渡してしまった時の
テンパり方がヌルかった。
美冬のパーソナリティを出せるシーンは唯一ここしかなかったので
あたふたして、さっさと気を失ってしまっては彼女の魅力は伝わらないです。
彼女の普段見せない隠された表情をあそこで引っ張り出さないと。


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描写不足とは少し違いますが、大沢ゆいな。

彼女は終盤のキーパーソンでありますが
登場が遅い分、短い時間で他のキャラとの違いや人となりを
少しでも多く印象づけなければならない。
それなのに、物語の主人公と頭文字やらイニシャルやら
意味もなく被らせるのはどうかなと。何かメリットがあるとは思えない。
こういう細かい部分に作り手のセンスが出てると思いますね。

選挙妨害で、大島を演説に間に合わせないことが目的なら
千里でなく大島をさらえよという気もしますし。
いずれにせよ作りの甘さが目に付きます。



その他――

めくら将棋とか、生徒会長の介入で選挙戦が本格化していく過程は
大変面白かったです。
大島が浮動票を獲得し、一気に有力候補にのし上がっていく過程を
もっとドラマチックに盛り上げてもよかった。

千里のトラウマ解消やカナ救出の話、その同時進行が
選挙戦の盛り上がりにとってブレーキになってしまったかもしれないです。
公と個の物語が、いきなり個と個の物語になってしまった。
そのため主人公の最終演説には、取ってつけたような空々しさが残ります。

千里のトラウマに関しては、単純に意味がわからなかった。
こんなものバッサリ切ってしまえばよいとさえ思うのですが
それだと恋と選挙と「チョコレート」にならなくなってしまう。
悩ましいところですね。

千里以外の個別エピソードや、話の節々に
うまくチョコレートを絡めるなどしてくれれば
もっとまとまりが良かったかも。


category: アニメ

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2012夏アニメ カンピオーネ! ~まつろわぬ神々と神殺しの魔王~  

■カンピオーネ! http://www.campi-anime.com/

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敵を無力化する方策として展開される独特の戦闘。
これはそれなりに斬新で、スペクタクルでありますが、
あまりに情報量が多すぎてしまい
音声にも映像にも集中できない残念な感じが残ります。

テレビアニメ的には、この劇中最も派手な技を毎回の必殺技として
様式美にまで昇華できれば美味しかったのだろうけど。

ていうか、それでよかったんじゃ?と僕なんかは思っちゃいますけどね。



この作品には「大きな物語」が存在しない、ということに気付くまで
エリカの行動に別の目的や真意があるように見え、
彼女への不信感が払拭されない。
甘粕などがエリカを疑うようにわざわざ仕向けており
彼女に対して必要以上に冷淡な主人公にエクスキューズを与えてしまう。

「王とは何ぞや」ということをちゃんと説明しないのが
主人公の自己評価の低さに繋がり、
その評価の妥当性を検証する判断材料が我々にも欠けていて、
主人公の過剰な女性への警戒だけが少々気に障るレベル。

#08
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ハーレム作品では、女性に対して不憫さを感じさせるべきではない。
不憫な印象を排除するために、彼女たちはヤンデレ化しビッチ化するわけだから。

ボートで二人きりの状況をゴドーがエスケープするまではいいとして、
ここではエリカが目の色を変えてボートを漕ぎ、ゴドーを追うべきなのです。
それをしないと、ぼっちにされたエリカが「可哀想に見えて」しまう。
これはハーレム作品の演出としてはNGです。



とはいえ、エリカはかなり計算高いキャラであって、
ゴドーがエリカとの関係を保留にしてるからこそ、
そしてそのことをエリカが承知してるからこそ
ゴドーが各キャラと等しく関係を結べるのも確かです。
消極的なマリヤなどを順次ハーレムに受け入れやすくするためですね。

そういうところは、なんか作品として下品なとこがあります。
最初からハーレムにしようとしてる、というか。


#02
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「私は騎士として自分の信念に基づいて行動してきた。
打算や命令で自分の行動を決めたことは一度も無い」

エリカは、自分は打算では動かないと明言しつつ

#05
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「ユリの霊視はあなたの役に立つわ。だから彼女を篭絡するのよ」

このように実際には100%打算で動いている。天性の魔女と言えましょう。
終盤において自分の身を犠牲に「少年」の権能を主に会得させるのも
すべて計算のうえでやっていることと思われます。怖いです。


リリアナは性格が生真面目な分、味方への転び方があっけなく見えたのが難点。
本当はボバンに従うのがイヤでしょうがなかった、みたいな描写が必要だった気がする。

恵那は登場が終盤だったせいもあり
縁組に関しては急展開のどさくさとはいえ、さすがに拙劣であった印象です。
内儀/エンプレスとしてのイタリア人の存在を承服する過程が必要。


しかし1クール、加えて毎回長くかかる戦闘時間と、非常に短い尺しか
取れないはずなのに、各ヒロインたちの描き分けは驚くほどよく出来ています。
セリフ回しのうまいところが随所にあって、それが大きな要因でしょう。

#10
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「それに、せっかくボバンの爺さんから解放されたのにさ
俺が同じことをしたら格好悪いだろ」


こりゃ見事な殺し文句ですね

#09
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「文句があるってんなら、またあんたと戦うだけだ。
けど、俺とやって消耗した身体でペルセウスに勝てるかな」


アテナと再戦して、自分が勝つとは言わない。
僭越でないところがアテナの自尊心をくすぐる。
神様なのでおべんちゃらは通じないが、彼が素で言ってることも神様は見抜く。

相手の心に小波を立てるような数々のセリフの積み重ねが
物語への没入を助けてくれます。
こういうところ、実によくできています。


そもそも、プロメテウスヒキュウとやらの石版が
どうして祖父の手にあって、それがルクレチアに返されようとしたのかとか
全然わからないんですが、まあどうでもいいことですね。



category: アニメ

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2012夏アニメ だから僕は、Hができない。  

■だから僕は、Hができない。 http://boku-h.com/

(公式より)
“エロには誰よりも忠実な男子高校生”エロ介こと加賀良介。

ある日、彼は“特異者”と呼ばれる人間を探しに来た死神界のお嬢様リサラと出会う。

成り行きで彼女と契約させられてしまった良介は、“Hな魂”を吸い取られてしまい…。



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もう結果が出たあとで言ってるんで、まったくフェアじゃないですが
やっぱデザインが地味かなあ。
これに関しては原作力の問題なんでしょうけど。

なんかこう、部分的にでもハートをわしづかみにしてくるような
デザインではないですよね。
ハーレム物やギャルゲーなら3~4番手の造形というか。

設定。
赤髪ロングの女の子。死神。大鎌を振るう。炎属性。
パートナーをエネルギー供給源にする。

なんとも、どっかで聞いたような話ですし、これでデザインも地味目だと
やはり勝負にならない気がします。
脱ぎっぷりのよさだけはあったと思いますが
髪型をポニテとかにするだけでも、だいぶ違ったんじゃないのかなあ。


たとえばこれが現行の設定とは逆に、エロにまったく興味のない男の子と
エロパワーを必要とする女の子の話だったりしたら
もっと面白くなったんじゃないかという気がする。

「余命三ヶ月」というのも、男の子ではなく女の子のほうに設定すれば
男の子のほうが必死に協力する動機にもなっただろうし。

まあ仮定の話はしてもしょうがないですね。



ところで作画のほうはすばらしく良かったです。
随所にある爆発も良くて楽しめました。
僕はOPのキュールのカットにすっかり魅了されてしまって
これだけは飛ばさずに毎回じっくり見てしまいました。





これですね。田中パートだと思いますが
短剣が練りあがる瞬間の弾性がたまらんですよ。
意外とシンプルなのに、これは本当にすばらしいです。
わかってもらえないかもしれませんが。


ストーリーに関しては・・・
まあ指摘すべき点も多々あるし
褒めるべきところもたくさんあるんですが
キリがないので2つだけ。


まず、せっかく気の強そうな女の子をわざわざ三人も出すのだから、これは
彼女たちの自尊心がエロ墜ちでへし折れる瞬間を描く気であろうと思ったわけです。
当然そこを描くはずだ。描かないでどうする、と。
それこそが先行する類似作品との「違い」を生み出せる場所だと。

予想に反して、そんなことはなかったですね。
え?なんで?と思っちゃいましたよ。
じゃあなんで三人ともこんな似通った性格設定にしてんの!? みたいな。逆に驚いた。
まあ僕の予想は大概外れますが。


あと終盤のシリアス展開に関しては、必要なかったと僕も思います。
いや、あってもいいけど2話も3話も掛けてやる必要はなかった。
どうせ最後は精霊会議で復活だろうというのは予想できてしまいますし。

たとえば異世界編序盤のPTSDはメイドやキュールとのエロ展開に直結するので
これはあっても問題ないだろうと思うわけです。
基本はエロコメディであるわけですし。

しかし終盤のアレに関しては、あれはエロにもコメディにも繋がっていなくて
作品のカラーごとガラリと変えちゃってる。
これは野心的なチャレンジでもある反面、スポイルでもありますよね。
どちらにしても、視聴者はあまり喜ばないんじゃないかと。

借り物臭い設定でエロバカ展開だけやってても
シリーズ作品としてもたないだろうと、どうしても作る側は考えてしまうんでしょう。
非常に難しいところですが。その配分の問題ですね。


category: アニメ

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2012夏アニメ はぐれ勇者の鬼畜美学  

■はぐれ勇者の鬼畜美学  http://kichiku.tv/

粗暴で好戦的な痴漢と
なんだか麻雀が強そうな見た目をした女の子の話だったです。


ラノベ原作は10巻くらい出てるそうで、かなりの人気作なのだと思うのですが
正直なところ、今回は幸福なアニメ化とはいかなかったようで。

あんまり言いたくないけど、やっぱり作画がなあ。


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全体的にシルエットが綺麗じゃないです。
男女に体格差がない
もともとブレザーは体の線が出にくく、シルエットを綺麗に描くのが
難しいですからね。
これも作品的な不幸かもしれません。

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サブヒロイン同士で緑髪がかぶってるのはどうなの色指定

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画面からはみでた人がしゃべってるカットとか、あり得ないだろう
L/Oの段階でおかしいとか思わないものなのか…

アクションのカットも止め絵や画動、T光で誤魔化したものが多く
流背も多用する。流背とか久しぶりに見たわ


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うーんうーん

まあ声優豪華なので1翻、男のヒーロー主人公が貴重なので1翻、しめて2翻てとこです。
ああ、あとヒロインがTバックの下着を履いてるのが珍しかったので3翻で。


タイトルにある「鬼畜」に関してですが・・・
主人公のセクハラ行為は客観的に見ればたしかにひどく
生乳を揉みまくり、パンツの中に手を入れるなど、制作には攻めの姿勢も感じるし
これが現実ならばたとえ悪気がなくとも完全に犯罪、鬼畜なのですが
フィクションにおいて、とくにアニメやマンガでは
現実に被害者がいないことや、視点が主人公に寄り添ってしまうため
「悪気がない」という点のみがことさらに強調されてしまい
看板どおりの鬼畜の所業とはなかなか認定されにくいです。

もっと女の子たちがガチでイヤがって泣き叫ぶなり
主人公が悪魔顔で楽しそうに笑っているなりといった
わかりやすい鬼畜的な絵面があったほうがよかったかも。


序盤から主人公・暁月がやたら好戦的な態度で目立とうとするのは
「サモンシンドローム」とやらの原因にバベル側が深く関わってるということを
何らかの形で、おそらく魔王ガリウスから聞いて知っていて
バベルを叩き潰そうと、あれこれ挑発してるんだろうと思ったのですが・・・
とくに関係なかったですね。びっくりしました。

それにしても
冒頭01話にて「やるべきことがある」と言って美人を振っておいて
ランキング戦の開始(第08話)までほぼ何も起こらない、
ストーリーが動かないというのはさすがにどうでしょう。

マッチョなヒーローと世間知らずな美少女の組み合わせなら
美少女は敵に奪われてナンボであろうと思うわけです。
異世界側の動きは、さすがに遅きに失した嫌いがありますね。
生徒会長が当面の敵であろうと思われた序盤から本筋が離れてしまい
唐突に別の敵が現れることで尺の問題が首をもたげ
地味な前振りが長かった分だけ失望も大きくなります。


熱血タイプでも草食タイプでもなく、どこか飄々としてるけれど
わりと情熱的なものを内に秘めてもいる主人公の姿勢は
激しく取り乱す少女を前にしてもブレることがなく
慣れてくるとそれなりに好感なのですが
あいにくと彼を絶望的なピンチに陥れるような敵は最後まで現れず
結局、主人公の印象はただの好色なジャンプヒーローといったところです。

戦いそのものより、主人公の持つ美学に重きをおいて表現せんとするのはわかりますが
しょっぱい作画と演出で女の子もおっぱいも可愛く描かれておらず
何気に美術スタッフだけはEDに50人くらい名前が並んでて
なんだか不思議な作品だなあという印象。

多分こうなるはずじゃなかった。
何かがうまくいかなかったんでしょうね。

category: アニメ

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2012夏アニメ この中に1人、妹がいる!  

■この中に1人、妹がいる! http://www.tbs.co.jp/anime/nakaimo/


とりあえず特徴的だった第03話の構成の破綻について
指摘しておきたい。

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第03話はみやびと心乃枝がエロ方面に暴走する、
「三話切り」を避けるためにテコを入れにきたあからさまなサービス回。

アバンにて、水谷衣楠とベッドでくんずほぐれつの将悟の部屋に
いきなり二人が乱入してくるわけだが、
そもそもこの二人の行動が前の第02話から繋がっていない。

心乃枝が将悟の住居を知り得た事情は後に明かされるが
この時点でみやびと心乃枝が行動を共にする理由はなく、
二人のうちどちらも、朝から将悟の部屋にいきなり出向く理由もない。

みやびに至っては前回ダンスパーティで二人の前から無言で立ち去っており、
本来なら顔を合わすのが気まずい状態であるとも言える。

にも関わらず
みやびは人が変わったようにデレており、心乃枝も負けじとデレており

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いろいろと捗る。
あまりに一足飛びで捗りすぎる。

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いったい何が起きた?みやびはいつデレたんだ?とワケがわからず、
おそらくこれは夢オチなのだろうと思うのだが、
夢オチでもないところが恐ろしい。



この構成上の不備は、実はこの前章・第02話のほうにあって、

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転校してきた水谷衣楠が将悟との親密な関係を見せつけ、
みやびと心乃枝がそれに衝撃を受けるまではいいのだが


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そのあとストーリーはなぜか方向を変えてしまい
生徒会主催ダンスパーティのエピソードへと繋がっていく。

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ここで三者のふれあいが描かれて
それぞれの関係が一旦フラットになっているのが構成ミスと思われる。

本来なら、水谷衣楠と将悟の怪しい関係に危機感を覚えたみやびと心乃枝が
ホモソーシャル的な連帯を組成した上で一度休戦し
そこで初めて(第03話での)朝から将悟の部屋に押し掛けるという動機が
生まれるべきだったろう。

その段取りをすっかり省いているからワケのわからないことになる。
完全な構成ミスである。


――しかし、実はこの作品はこれでいいのだ。はんたいのさんせいなのだ。


かつて虚淵玄が、つかみの構成について以下のように語ったことがある。

1話でインパクトを与えて途方に暮れさせ、
2話では(作品の)世界観とストーリーの方向性を説明する。そして
3話では、それまでに説明したこと以外のことも起こり得るというサプライズを起こす


この論法を拝借するなら、「この中に1人、妹がいる!」では

何の前触れもなく扉が開いて、美少女たちが部屋に入ってくる。
前回までツンだった少女がいきなりデレている。
兄をホモにしたくないという理由で妹たちがいきなり脱ぐ。
当然のように泊まって一緒に寝る。

こういったことがこの作品では起こり得ますよと第03話が語っている。
この作品は眉間にシワを寄せて何が起きるか見ていくような作品ではない。
そしてそのことを、視聴者が理解する。
もうこれで充分なのである。


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第03話アバンで「将悟、おっはよー!」と彼女たちが乱入してきた瞬間、
この作品は偶然に「始まった」のだ。

「バカアニメ」が「愛すべきバカアニメ」に化けた瞬間。
「なんでだよ」が「なんでだよw」に変化する、この草一本の差は途轍もなく大きい。


category: アニメ

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2012夏アニメ 夏雪ランデブー  

■夏雪ランデブー http://natsuyuki.tv/


先に書いておくと、本作に関する僕の論評はフェアではないです。多分。
このシリーズを見てる間中、僕がずっと考えてたのは
「なんで自分はこれを見続けてるんだ?」みたいなことばっかだった。

監督やスタッフの名前は当然知っているし、彼らのこれまでのキャリアには
一定の評価をしているつもりだし、今後もそれは変わらない。

にも関わらず、本作に関してはすっごい気持ち悪い作品だと思ってしまった。
長いことアニメを見続けてきたけど、こんな気持ち悪い作品は初めて見た。
その気持ちがあまりにも新鮮だったので、つい最後まで見てしまったけど
できれば、もう二度と見たくない。

要するに、僕にとってはどうしようもなく生理的に合わない作品だった。
だからこれ以上の論評には意味がないし、
フェアなものにはならないことを付記しておく。



幽霊譚というのは基本的に成仏エンドしかなく
しかも道連れの如何によらず鬱展開が約束されていたりする。
だからこそ悲恋モノには向いているわけだけど。

加えて「この世ならざる」という状態の不気味さも付帯する。
最近だと「黄昏乙女×アムネジア」では状態の不気味さを、
ロマンチックに美化した他の部分と完全に切り分けすることで
勧善懲悪の構造に転化させていた。
方法論としては目新しいものではないけど(*1)
「黄昏乙女×アムネジア」は霊魂の萌え化には成功していた。
類似の構造として「さんかれあ」では「死体の萌え化」が提示されている。
「萌え」とはすなわち「死」からの乖離。
どちらのヒロインも作中、唐突な他者化というオプションで
恐怖の対象に復帰するけども。

まあとにかく「幽霊譚」ってのは意外に自由度が低く
あまりバラエティ豊かな話にはなりにくいってのがひとつ。



そして「夏雪ランデブー」にも萌え要素はある。
#02

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島尾の嫉妬などがその典型で、彼はヒロインに対して父親化しており
本人が必死である分だけ物語は喜劇的な広がりを見せもする。

これだけで済む話なら、ヒロインに霊の加護を理解させ
「今までありがとう。私幸せになります」みたいな終わり方でよかった。
デミムーアの映画みたいな、つまらない終わり方。
でも、そういう父親が娘を嫁に出すような話には当然ならない。


島尾の「体貸してくんない?一回でいいから」という提案を
葉月が受け入れる時点で気持ち悪い。

その意味を考えれば「ヒロインと一回セックスさせて」ということだとすぐにわかる。
葉月は今後ヒロインと100回セックスするために島尾の存在が邪魔で、
島尾を成仏させるためにその提案の意味を承知で受け入れるわけだけど、
どちらもヒロインの都合は考えていない。

でも、男性ならこの提案は誰でも受け入れるんだ。多分。
だって一回だけ黙認すれば、あとは心置きなく100回セックスできると思っちゃうから。
なんかとっても合理的な取引のような気がするから。
だからこそ気持ち悪いんだと思う。

これは実質的に、見知らぬ男に自分の体を提供しただけでなく
最愛の恋人の体も提供してるわけです。
気持ち悪いよね。そう考えると。

で、当然ながら一回では済まないわけで。
立場が入れ替わり、幽霊化させられたうえ、
敵は幽霊歴が長い分だけ葉月より上手で、絵本世界という魂の檻を用意でき、
葉月はそこに閉じ込められてしまう。

もともとヒロインとの最初のデートに
わざわざ元旦那との思い出の場所を選ぶような頭の悪さなので
処置なしである。
絵本世界でのヒロインが島尾本人とも気付かずにピクニック気分。

島尾はといえば「触れる喜び」「花を贈る喜び」「涙する喜び」に感動したあと
「射精する喜び」
そして中の人が自分だと最後まで気付いてもらえないことに失望し、
ヒロインの気を引くために逃亡。

「彼女が一番好きなのは今でも僕のはず」
これも、男性なら誰でもこう考えるんだ。たとえ何年会ってなくても。
客観的に考えると、本当に気持ち悪いんだけど。


自分ではどうにもならない、こうした欲望の部分は
客観的に見るととても気持ち悪いだろうということもわかっていて、
なおかつそれを客観的に見ていることが、やっぱり気持ち悪い。

この作品の気持ち悪さって、そういう二重のものかと思う。





(*1)たとえばピッコロと神様の関係とか。
邪悪な成分を切り離した神様は、その外見がピッコロと同一であるにも関わらず
善い者として見える。

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2012夏アニメ 人類は衰退しました  

■人類は衰退しました  http://www.maql.co.jp/special/jintai/
★★ ほしふたつ

このシリーズに通底する諦観のようなものに、当初激しい違和感がありました。

原作者の田中ロミオと僕はほぼ同世代ですが、とくに昭和40年代生まれにとって
「未来」というものは漠然とした「希望」を含有してるもので、
終末的世界には悲壮感とともに存亡にかける執念と暑苦しい情熱みたいなものが
どうしても生じるし、仮にそれを意図的に排除する場合でも、
希望がないことに対するニヒリズムが顔を覗かせるものです。
結局どんな未来像も「希望」に支配される。たとえどんなにイヤでも。

でもこの作品からは、そのどちらも感じ取ることができなかった。
なんかこう、すっぱりと諦めちゃってる感じがする。未来を。何もかもを。

「何でだろう?」視聴中、この疑問は澱のようにしんしんと沈殿し続けましたね。
こういうのは僕らの世代には無い発想じゃないかな、と決め付けていたので。
敬虔な仏教徒か何かじゃないと、こういう発想では書かないんじゃないかなと。


でまあ、「ああそういうことじゃないのか」とわかったのが最終二話

第11~12話 「妖精さんの、ひみつのおちゃかい」

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「じゃあ、あなたは一人だけですか?お仲間は?」
「お仲間はいません。気がつけばお一人様です」
「お一人様はさびしいでしょう」
「チョー楽しいですから」
「楽しい?本当に?一人で?」

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「楽しく、ない?」

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「深く考えなくていいですよ」


あの学校と寄宿舎のある世界がそのまま人類の縮図だとかいうのは
さすがに乱暴なんでしょうけど
他人のことがわからなくて、不安でこわくて猜疑心をもったり距離を置こうとするから
人と人はどんどん疎遠になり、孤立感を深めていく。
つまるところ「こうやって人類は衰退したよ」ってのが
この11話にちゃっかりと描かれちゃってるわけですね。
こう書くとなんだか陳腐ですけど。

で、「わたし」は巻き毛ちゃんのスカートを発見したり、
妖精さんのためのお菓子造りが意外なところで人間関係の役に立ったり、
建物構造への疑問から隠し部屋を発見したり、
Yと友達になって取り繕った人の裏側を偶然に垣間見たり、
こうした「妖精さんのサポート」によるところで
人への過剰な警戒心を解くことができた。

時系列シャッフルになってるので理解が及ばなかったところですが
「プライドばかり高く、お一人様をこじらせた」状態から離れ
なおかつ妖精さんのサポートのある世界では
人類は衰退しても、たやすく滅んだりはしません。

諦観に見えたそれは、「わたし」の信じるそのことへの強い確信であったわけですね。
と考えると
「人類は本日も絶賛衰退中!」という最後のセリフのなんと前向きなことか。

遠離一切顛倒夢想。




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