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「謎の彼女X」のコレジャナイ感  

謎の彼女X


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結論を端的に言うとこの作品は導入部にあたる1話、2話の出来が良過ぎる。
唾液の授受といった行動に生理的嫌悪感を抱く向きもあるだろうが
良質な作画と圧倒的な情報量で非日常へと引きずり込んでくる強引さがある。


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主人公の少年が夢に見る異世界のイメージと、その音楽がすばらしい。
チューバとオルガンが印象的な……この手の曲はなんていうのかな。
「モダンタイムス」の「Titina」とか、ハチャトウリャンの「仮面舞踏会」とか
ああいう怪しげなサーカスみたいな雰囲気を感じさせる。

「その声はこう言ったのよ」
「椿君、あなたがあたしの、生まれて初めてのセックスの相手となる男の子だって」
「あたし、あの日からずっと椿君が好きだって言ってくれるの、待ってたんだよ」

抑揚のない新人声優によって扇情的な台詞が淡々と語られ、
反社会的人格と奇異な行動パターンを持つヒロインの異常な能力が表現され、
食虫植物に捕食されるように、じわじわ追い込まれるように
視聴者は少年とともに「恋に落ちていく」
どこか恐ろしくもあるけど、その深淵を覗きたい、先を見たいと思わせる。

この優れた導入部の結果、強く印象に残るのは
「この少女の正体は何か」「少女の真の目的や、行動の意味は何か」
といった疑問。

彼女の行動には深い意味があって、きっとどこかで辻褄が合うのだろうと。
「だってあたしはそういう人だから」で彼女の説明は済んでしまうが
きっとそんなはずはないと。必ず何かあるはずだと、我々は思ってしまうわけだ。


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執拗にカメラが追うアダムスキー型のマスコットなどにも
少女の抱えるバックボーンへの繋がりを求めてしまう。
あるいはそれはミスリードかもしれないと懐疑的になってしまう。
ようするにそこには意味があると思わされてしまう。

なにしろタイトルが「謎の彼女」なのだから、その「謎」の部分が
興味の対象になるのは致し方ないところだろう。


しかし、物語は何故か「謎の」ではなく「彼女」のほうにフォーカスしていく。
少女のコミュニケーション不全が解消され
第三者のアドヴァイスがかたくなな心情を解きほぐし
「謎の彼女」は「ただの彼女」と化していく。

謀略とミステリーが渦巻くかに思われた世界は
甘酸っぱい青春物の様相を呈し始める。
「よだれを介して意思の疎通を図る特殊能力」は
本当にそういう人だから、という前提に帰していく。

何が起きたのか、正直よくわからない。


・卜部にとってセックスは目的ではなかったのか?
・「声」の主は?
・涎を毎日舐めさせる行為に(本当の)理由はないの?
・パンツになぜハサミ?
・椿からのデートの誘いよりも優先される日曜日の用事とは?
・二話で一緒に下校してるとき、いつもと違う場所で別れた理由は? 
・かたくなにスキンシップを拒んでいたことに合理的な理由はないの?
・そもそもなぜ涎が絆となり得るの?その涎の謎は?

序盤に跳ね上げた期待値の分だけ、保留にされた疑問はくすぶり続ける。
そしてこの問いに作中で解が与えられることは、無さそうである。

少なくとも僕が強く興味を持った卜部美琴は狂気の人で
おっぱいを揉まれたり耳を舐められたくらいで泣いたりしない。
組み伏せられて抵抗を諦め、女の顔になったりはしないはずだった。


主人公少年の望む方向にしか転がらない話って、不出来なギャルゲーじゃないか?
それって面白いのか?
僕らが常に望んでいるのは非日常であり、主人公にとって最悪の展開であり、
見たいのは登場人物の狂気ではないのだろうか?

狂気を捨てて普通化していく物語に、どうしてあの強烈な導入部が必要だったのだろう。
どうしてアダムスキーUFOのミスリードが必要だったのだろう?



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category: アニメ

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坂道のアポロン 04話について  

坂道のアポロン

面白いですねこの作品。
とくに4話が良かったんでちょっとだけ。
これはアニメでよくここまで切り込んだなっていう内容だったですよ。
いや、感心しきりでした。


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ホレス・シルバーってピアニストが1959年にブルーノートからリリースした
「ブローイン・ザ・ブルース・アウェイ」



ハードバップ(≒モダンジャズ)≒ファンキージャズ
景気づけにかますには最適な一曲です。

酔客が気に食わないのはそれが黒人の音楽だから。

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I cant stand that coon music jazz
It sounds like jumble of noise
At least play something white

黒人のジャズなど我慢ならん。
ノイズの寄せ集めのように聞こえる。
白人のジャズをやれ。

白人のジャズを、ウエストコーストジャズをやれというわけですな


50年代に朝鮮戦争による特需景気で西海岸は大いに潤った。
黄金時代のハリウッドでたくさんの映画音楽が作られ、多くのミュージシャンが集まった。
中心となったのは譜面が読め演奏力と作編曲能力のある、教育を受けた白人音楽家たち。
このムーブメントをウエストコーストジャズといいます。

これはおそらくこの酔客の青春時代ですわ。
この好景気は朝鮮戦争が終わると終了

テレビの普及によってハリウッドがゆっくり衰退、
ヘンリー・マンシーニのブレイクやサーフミュージックの流行、ロックの黎明と重なり
結果ウエストコーストジャズは10年ほどで終了。

以降ジャズはマイルスを中心とする東海岸に勃興したハードバップを主流としていく。
黒人のジャズが商業的に白人にお株を奪われたのをさらに黒人が奪還した形。
大雑把に
バップ=黒人のジャズは編曲よりアドリブを重視、
白人はその逆と考えればいいです。


物語の舞台は66年の佐世保。

キング牧師らの尽力により公民権法が成立したのが64年。マルコムXの暗殺が65年
法の上における黒人差別は終わったが人種間対立は依然として強く残っている。
65年~ベトナム戦争参戦
本国では黒人の暴動が続き、反戦運動も繰り返され
前線へ駆り出される米兵をとりまく環境は温いものではなかった
何しろ守ってる自国民からそっぽ向かれるわけですし
酔客の彼にしてみれば「なんで極東くんだりまで来て黒人の音楽やねん」と
まあただの絡み酒です
しかし周囲の白人水兵たちも特に彼の言動を否定もしない
「まあそう言われりゃそうかもな」的な空気は確かにある

佐世保という土地は旧日本海軍の軍港があり、激しい爆撃で焼け野原になりました。
戦後基地は米軍に接収され、千太郎の母は生きていくために米兵にぶら下がった。
そのことを祖母や家族は忸怩たる思いでいたわけです。
幼少の頃から米兵の子として生きてきた千太郎には、
この酔客の差別的な言動が許しがたい。


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怒って席を立つ千太郎を放置しつつ淳のチョイスが
「But Not For Me」
これはガーシュインのミュージカル曲でスタンダードナンバーですが
スタジオのシーンでチェットベイカーの伏線が張られてる

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チェット・ベイカー(Chet Baker)はウエストコーストの代表的な人物
当時マイルス並みの人気があった



たくさんの人が愛の歌を書いてるけれど
それは私のための歌じゃない
空には幸運の星が輝いている
でも、それは私のものじゃない

酔客の希望どおり白人の=ウエストコーストジャズをチョイスしつつ
ひねくれて音楽に八つ当たりしてる酔客に対する、この歌詞は淳の皮肉でもあるわけですね。
だから彼はこの曲に苦笑いをしてるわけです。

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category: アニメ

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這いよれ!ニャル子さんに足りてないもの  

真尋君のそっけない態度が不快な水準なのが勿体ない。
ざっと見たところ問題点は二つ。


真尋君には行動目的がない。何をどうしたい、どうなりたいというエンド目標がない。
→真尋君にとって理想的な状態というのがわからない。
→真尋君がニャル子さんの何を嫌がっているのかがわかりにくい。

これに関してはオーソドックスな作劇として真尋の片思いのヒロインでもいればよかった。
本命の女の子が別にいれば、真尋がニャル子さんから逃げ回る必然性は確保される。
暮井珠緒がそのポジションなのだと思ったら違った。これは悪い意味で意外だった。
現状の真尋はせっかくドラえもんがいるのに道具を必要としないのび太である。


もう一つはニャル子さんのあり方。

ニャル子さんは実質的にコンフュージョンをもたらすがカオスはもたらしてない。
うっとうしさやウザさはあるが、それもフォークで刺すという報復が妥当な水準ではない。

純真で一途な美少女という演出だが、これを一体どうする気なのだろう?
美少女なのは強調するまでもなく、見ればわかること。
これだと真尋は美味しいポジションなのに何故そこまで拒むのか?という疑問だけがわき
それも結果的に真尋へのネガティブイメージとなる。

彼女の実体は異様な造形を持つおぞましい怪物であるという点の強調が足りていない。
これに関してはクトゥルー神話体系が今いち一般人には認知されてない状況を逆手に取るべきだ。

具体的には、ニャル子さんに「何をたくらんでいるかわからない怖さ」があればいい。
何をたくらんでいるかわからない怖さがあれば、それに脅える真尋も描写できる。
誤解されないように言っておくが、ニャル子さんの本質の部分は純真で一途でもかまわない。
どこかに得体の知れない怖さがちゃんとあり、それが「真尋以外には伝わらないもの」であれば、
孤立する真尋には視聴者の同情が集まるだろう。
それなら真尋が現状どおり極端なツンであっても理解はされる。


這いよれ!ニャル子さん



category: アニメ

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