大匙屋

健康第一

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

2011冬アニメ Rio RainbowGate!  

Rio RainbowGate!
http://riorainbowgate.com/

萌えパチとか萌えスロとか言われる遊技機のキャラらしい。
僕はそっち方面にはとんと疎くて申し訳ないのだが
それでもリオに関しては、これ萌えキャラか?と首を捻りたくなる。

何が問題なのかというと、デザインにも設定にも隙が無さ過ぎる。
不備や弱点、欠乏といった「隙」のないところに「萌え」はない。

登場人物で萌え要素を持ってるのはアーニャとミントくらいだが
主役のリオが保護者役としてもしっかりし過ぎていて、心配無用状態になってしまう。
これだと、少なくとも萌えアニメとしては成立しない気がする。

ソフト売り上げ的には惨敗だったようなので
あまり期待せずに視聴したが、出来自体はそう悪くない。
作画はひどい部分もあるが、大半は安定して高水準。

kol12351_1235.jpg
kol12351_1234.jpg

とくに↑リナのデザインはかなりいい線いってると思う。

乳揺れやエロ描写は目を見張るほどではないにせよ嫌味にならない程度。
おっさん視聴者的にはこれくらいでちょうどいい。
若い人にはこんなもんじゃ全然物足りないかもしれないな。

#12別荘前アプローチでのリオの歩きの作画がちょっと面白かった。

kol12351_1233.gif

俯瞰での乳揺らし、というか乳振り
gifアニメだとタイミングが今イチわからないので本編で見て欲しい。
ステップを昇る動作と影が妙に凝ってる。何気ないシーンでなぜここまでやるのか。



物語に関しては、福本的なバトルを期待すると肩透かしを食らう。
基本は美少女による愛すべきバカアニメである。

西海岸風のカジノを舞台に、相次ぐライバルたちとの勝負を通して
最強のディーラーを目指すリオの自己実現の物語なのだが、
そもそもディーラーってのはゲームでいう親という意味だし
親が最強であるカジノになんか普通は誰も行きたがらない。

なのでリオは「お客様本意」をひたすら強調する。
「お客様がお望みなら」が決め台詞であったりするのもそうだし、
「一度だけ自分のために戦ってみようと思う」といった台詞も
彼女が徹底して顧客満足度に重点を置いていることを意味している。

で、そこの部分ではリオはもう完成されたキャラクターなのだ。
MVCDを獲得する強い動機は持っていない。
作劇はここで失敗している。

カルティアとハワードの賭けはリオとは無関係であり、
全力で戦うことでリオはリナに対しても過去の義理を果たしていると言える。
それ以上、何が何でも勝利に固執する理由がないために
「ムカつく奴らをギャフンと言わせたった」程度の満足感しか得られない。

一見ストーリーは綺麗にまとまっているように見えるが
最終的にリオはMVCDを獲得しても、母を一面的にすら越えていない。
ここまでお膳立てをしておいて、なんだかもったいない話だと思う。


kol12351_1236.jpg

リナに関して強調すべきはここ。

リオに勝ちを譲られ、勝負の相手として認められなかったことを悟り
リナは激しく傷つくが、真の感情を隠して喜んでみせる。
母はリオを必要以上に咎めず、リオはリナの感情にまったく気づかない。
ここがリナの勝負師としての生き方を決定する瞬間であり
その後の二人の運命を左右した出来事だったはずなのだ。

このシーンをリオ視点のみでなくリナ視点でも描いていれば
事実を知ってなお勝負に生きようとするリナの姿はより輝いて見えたはずだ。
ミントを助けてハンパに好感度を上げるわざとらしい演出など必要ない。
勝負師は勝負の中にだけ居ればいいのだ。


スポンサーサイト

category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2011冬アニメ ドラゴンクライシス!  

ドラゴンクライシス!
http://dragoncrisis.jp/

あまり商業的にも振るわなかった作品に
さらに追い討ちをかけることが有意義とも思えないが
なんというか、やはり今ひとつな作品だった。

主人公にとって最悪の展開が視聴者にとって最高の展開である。
竜司にとって最悪なのはローズを奪われることだが、
そもそも小さくて弱く幼い少女というのは、それだけで奪われフラグが立っている。
これは視聴者も了解しているので、奪われ展開になっても驚きはない。

なので、<奪われるのが主人公にとってどれだけ辛いか>の部分を強調する必要がある。
場当たり的なイベントを慌しくこなす構成ではあったが
日常成分は不足していたか、機能していなかったと言って差し支えないだろう。

父親は不在で構わないが、母親的な存在はエリコ以外に必要だと思った。
エリコ、竜司、ローズの三人では家族関係というイメージがない。
ミサキが押し掛けのおさんどんであっても構わない。ていうかそれで充分。
また、戸倉とビアンカは一人の人物でよく、分ける必要がない。



第05話「忌まわしき覚醒」において
「ジョージとちゃんと話し合うべきだ」というローズの意見はまったく正論なのだが、
その意見がエリコや竜司に聞き入れられないことにローズは失望する。
その後ローズの純粋で真っ直ぐな行動が、(恐らくオニキスが寄越したであろう)
甲斐の暗躍により失敗する。

ここでのジョージの暴走は、ローズを少なからず傷つけるはずなのだ。
人間は合理的ではない。正しいはずのことを受け入れられず、傷つけあい、奪い合う。
ソサエティのセレブたちを俗物っぽく露悪的に描く演出も、
すべてがオニキスの論理を補強していく。

ローズはローズなりに、人間と世界を見詰めて自分はどうあるべきか、
最終話におけるマルガの台詞の
「あなたは決めなければ。人間の敵となるか友となるかを」
考え続けていたはずだ。

にも関わらず、物語はローズを<恋する少女>として描くことをやめない。
自分でフラグをへし折ってしまっている。

ローズは第03話で「そんなの、私には関係ない」とオニキスに言い放った。
竜司が好きで、そこには他人の入る余地がない。
そこからスタートした二人の関係は、さまざまな人との関わりを経て
近づいたり離れたりを繰り返しながら、成長してきた。

ローズは竜司に承認を得る形ではなく
竜司との異種間関係を受け入れた上で、主体的に選ぶべきだった。
その決意だけが、オニキスを否定し彼を滅ぼす力となる。

結局、ローズを最後まで子ども扱いしているのは物語のほうである。



category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2011冬アニメ これはゾンビですか?  

これはゾンビですか?
http://kadokawa-anime.jp/zombie/

生気にあふれ感情豊かなゾンビ物というのは異色作で楽しめた。

無口な美少女をメインヒロインに据えているわりに物語は賑やかで、
個性的な脇役たちも魅力的だし、ギャグとシリアス劇とのバランスも悪くない。
奇抜な設定をかき集めているのに、それなりにまとまった作品に仕上がっている。

ただ、情報の出し方が、まずいとまでは言わないが気が利いていない。
ユー、吸血忍者、夜の王、大先生、メガロ、これらすべての行動目的が
ずっと不明瞭なのは、少しやり過ぎのように思う。

もちろん、得られる情報が大幅に制限されることで
複雑に絡み合うアングルを視聴者が無視することができ、
主人公視点のみに依拠して状況をシンプルに観察できるという利点もある。

だが連続殺人の終結以降、主人公の行動目的は日常生活の維持だけになるので
ユーを取り戻そうとする彼の行動が、起きている問題の解決に向かっている気がしない。
このため、終盤の物語は勢いを失っているように見える。
要するに「それぞれが何をどうしたいのか」が伝わってこない。

「吸血忍者」はラストバトルにおいて前線防衛として重要な役割を果たすが、
そもそも彼らが敵なのか味方なのか、終盤まで判別できないのはさすがにどうかと。
これはセラの性格設定が極端なことも一因だろう。
ユーの処遇に関してセラの情緒面を掘り下げたせいで、余計に混乱が生じている。
せめて彼らが<冥界の門を開かせないor速やかに閉じる>ことを目的とすることだけは
早い段階で明言しておく必要があったように思う。


第06話、京子のキャラクターは素晴らしかった。
こういう突き抜けた狂気は久しぶりに見た。

ひとつだけ気になった点。
主人公は人外の姿かたちをしたメガロなら容赦なく切り捨てるのに
裸の美少女の姿をした京子には敢えてとどめを刺さないってのは
作品を作る側の姿勢として、それなりに悪趣味かもしれない。
僕の場合は、これを気持ちの悪いものと感じた。



作画的な見所もたくさんあったけど、とりあえずこれ。

第08話「えへ、学園妻です」
18_16524.gif

立中順平さんによるバスケシーン
この空中でのタメ、素晴らしく良いですね。
内向きの手首の捻りとかも。

ジャンプ最高点にインパクトを持ってくるバレーボールと違って
バスケの場合は最高点から落ち始めた直後にシュートする。
このタメを描けてるバスケ作画って、めったにないんですよ。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2011冬アニメ GOSICK -ゴシック-  

GOSICK -ゴシック-
http://www.gosick.tv/

第09話「人食いデパートに青薔薇は咲く」

買い物のため首都ソブレムに出掛ける九城と、学院から出られないヴィクトリカ。
九城が一人で普通に出掛けると、ヴィクトリカが必要以上に寂しそうに見えてしまう。
そこで作り手は、ヴィクトリカには風邪を引いて寝込ませ、身動きを取れなくした上で
九城には列車でそれとなく心配させる。

201135134615.jpg

その前振りとして九城の姉に浴衣を贈らせ、ヴィクトリカを浮かれさせて、
着付けに失敗して寝冷えするところまで仕込む。
見舞いに来た九城にヴィクトリカが悪態を吐くのは、余計な心配をさせないため。
これは九城に対してというより、むしろ視聴者に対して。
これで自然に二人の別行動が整合性をもって成立する。
こういう女性作家ならではの緻密な気配りの作劇が
この作品の美点のひとつ。

しかしながら、安楽椅子探偵物と思わせて
肝心要である各話のトリックやミステリ要素は稚拙過ぎて頭を抱える水準で、
ヴィクトリカの推理につきあってミステリ展開を楽しむのは
ほぼ不可能。

ところが、第12話の日常回をはさんだあと
第13話からスタートする「リバイアサン」をめぐる後半の展開は
まるで別作品のように面白い。
第20話・21話のココローズ事件に至っては
入れ替わり殺人なんだなと最初にわからせておいて
さまざまな立場と思惑・時系列が複雑に絡み合う重厚な展開を
流麗に見せてくれる。

こんな凝った話を書ける作家が、何故同じシリーズ内で
勝手に山車の上にワープする死体や
立ったままミイラになる話などを平然と書くのか、不思議でしょうがない。
好意的な解釈を観客に強要するミステリなど成立するわけがない。
こういう点でいろいろ言われるのは、前半のこの出来では仕方がなかろう。

アニメのストーリーがどこまで原作小説通りなのかは知らないが、
少なくとも素直な精神のぶつかり合い、情緒的な部分で
感情を揺さぶるのはそこそこ上手いにせよ
物理現象や空間認知で読者を騙すのが相対的に不得手な作家ということだ。



最終話に関しては、ボーイミーツガールの物語としてならアリだろう。
ゴスロリ美少女探偵の物語としてなら、超展開で放置されたまま。
だが、そういった話は気にならないほどヴィクトリカは感動的な愛らしさを見せ、
結末を見届けた視聴者には一定の高揚感と満足感がもたらされる。

もともと架空の国家が舞台なので、現実の歴史と食い違っている部分は問題ない。
むしろ全編を通して丁寧に描かれるアールヌーヴォーの美術様式や
フラッパースタイルの20年代ファッションなどに細かい見所が多い。


201135134612.jpg201135134613.jpg201135134614.jpg


なぜゴシックではなくヌーヴォーなのか、
そもそもGOTHICでなくGOSICKとは一体どういう意味なのか。
そのへんはさっぱりわからない。多分重要なことではないのだと思う。

結局は、あまり深く考えずにヴィクトリカの可愛さに酔い痴れるのが吉か。




category: アニメ

tb: 0   cm: 0

2010秋アニメ 侵略!イカ娘  

侵略!イカ娘
http://www.ika-musume.com/season_1/

"人畜無害のかわいいイカ娘がなんとなく海の家で働いたり周りの人達と遊んだりしながら毎日を過ごす物語
(byアンサイクロペディア

ギャグにしてはオチが弱く、ゆるくてまったりとした日常物のノリ。
内容には嘱目すべき点はほぼないが、こういう作品が初動で6000~7000本も
映像ソフトを売ってるという事実は興を引く。
まぁ、その理由はよくわからないんだけど。

オチの弱い作品や日常をゆるく淡々と描く作品などいくらでもある。
少なくともそういう部分は「売れない理由」にはならないわけだ。
それをこの作品が証明している。


あらゆるエピソードの中心にイカ娘がいる。
これはどういうことかというと
登場人物の特徴的なリアクションを引き出すのが
主人公のイカ娘のみだということ。


千鶴の形相だとか

2011251352.jpg
おびえる渚だとか

2011251354.jpg
早苗の狂奔だとか

それぞれのキャラクターは単体、またはモブ同士の関係では機能しない。
しかし彼らはイカと関わることで
イカにしか引き出すことのできない特異な顔を見せる。

これが作中における様式美であり、
多くのエピソードでこうしたパターンに持って行くことを
ひとつの帰結点としている。
各人の相関関係は完全に固定しており、ここにハマりきれない登場人物
(タケルや五郎など)はあまり有用な位置を与えられない。

こうした反復性や常同性は作品に絶大な安定感をもたらすが
同時に作品はほとんど自閉的な保守性に包まれる。
「オチが弱い」「内容がない」といった素朴な批判に対し
「イカが可愛いのでOK」といった没論理の反証が多数を占めるのも
そういう事情からだろう。

しかし一方でシリーズに通底する圧倒的なわかりやすさとシンプルさ、
その保守的で様式的な構造が作品の大きな魅力として
受け入れられているような気がする。


category: アニメ

tb: 0   cm: 0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。