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2010秋アニメ たまゆら  

たまゆら
http://www.tamayura.info/


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瓦に焼き板、低い軒先、漆喰に石畳といった、知っているけれど
どこか不意に迷い込んだ小路のような、懐かしい風景。
この複雑で立体感のある町並みが舞台に選ばれたのはもちろん偶然ではない。


0018_20025133.jpg

主人公ぽっての趣味はカメラで、彼女の撮った写真が作中に
このような形で数多く登場する。
この、平面的に見せる必要のある写真の絵図との対比で
背景や人物を含む絵には立体的で奥行き感のある構図が多用されるわけだ。

0018_20025138.jpg


レイアウトについて、もう少し見てみよう。

0018_20025139.png

欄干から落ちそうになっているぽって。
右側に空間を配置しアンバランスな構図にすることで
左側に大きな荷重を感じさせる。


0018_20025140.png

写真館。存在感のあり過ぎる①暗幕の威容を軽減するため
②下手より入射光。
③人物、手前テーブルを右寄りに配置して暗幕との均衡を取る。
これにより④店主の笑顔に注目させ、
⑤先客の背中を使い、まだ見ぬ未来への不安を意識させる。


0018_20025136.jpg

姉から届く指令メールに走る戦慄。
極端に下から見上げる三点の構図と天井の陰影で不安や緊張感を強調するが
ぽってにだけ身長差と温度差があり、それがコミカルさを醸し出す。


0018_20025137.jpg

パースを無視し異空間と化した車内。
どんな精神状態なのかは、わりとひと目でわかる。


挙げていけばきりがないほどの構図の妙味。
でもまあ、こういった話はこの作品を理解するために
特に必要なことではない。

「たまゆら」という作品には
奇抜なストーリーや個性際立つキャラクターなど登場しない。
そうかと言って、どこにでもいるようなごく普通の人達が
ごく普通に日常を過ごしているのとも違う。

例えばめんどうなルーティンに追われまくる日々。
あるいは深い意味もなく死ねよ糞がとつぶやいてしまう夜。
脂ぎった重厚なストーリーになど触れたくもない、
けれどアホみたいな萌えやエロを呑気に楽しむ気分でもない、
でも、このまま寝てしまえばきっと明日も同じ日になってしまう。
そんな時、ちょっと夜風に当たる気分で視聴するのに最適な作品。

そこには、何度も見たいと思うほど面白くはないはずなのに
不思議と何度見ても飽きの来ない奇妙な世界が存在している。

見晴らしの良い丘の上で頬に当たる風が、いつも風向きや
風力を違え、運んでくる香りを変えるように
この作品は見る度訪れる新しい発見や出会いの感動に満ちている。
その多くが、穏やかな作品の印象からは想像もつかないほどの情報量と
緻密な計算で作られているところが恐ろしい。





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category: アニメ

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2010秋アニメ 心霊探偵八雲  

心霊探偵 八雲
http://www9.nhk.or.jp/anime/yakumo/

背景絵の縦パンに「キャー」と叫び声をかぶせる演出は
もういい加減、やめてもいいのではないかと。

序盤において小沢晴香が斉藤八雲に親近感を抱いていく過程の描写が不足。
おかげで四話、川原でペンダントを投げようとするシーンでも
晴香の八雲の心情に対する踏み込みが唐突に見える。

晴香は基本的に冷静で肝が据わっており、オカルティックな現象に限らず
何に対してもやたら反応が薄い。
この性格設定はどう考えても幽霊の出てくるようなアニメには不向きで、
原作小説なら行間を読むことで補完できるだろうが
アニメ表現でこれは演出泣かせ、辛いところだと思う。
三話のカーチェイスのあと、八雲に抱きついて泣いて取り乱すぐらいは
したほうがよかった。

おせっかいで良く喋る親友キャラなどが別途用意されていれば
二人の関係はもう少しスムーズに進行しただろう。


そのほか、部室にて二人の会話シーンが多く出てくるが
大抵の場合、晴香のほうが立ちっ放しなのも気になる。
この部室は、八雲にとって落ち着ける唯一の場所であり
ここで二人がリラックスした収まりの良い絵を作っておくことは
「帰る場所」的な意味で重要な気がする。

10019_2009112513601.jpg


行動範囲が広いわりに登場人物が少ない作品のため
一人ひとりの役割負担が大きく、後半の展開も慌しいものになりがち。
細かい設定の矛盾なども数多く散見されるが、
肝心のところ――敵役の最終目的を謎にしたままで
クライマックスまで一気に引っ張っていく脚本と演出力は、
多少のくどさはあるものの、もっと高く評価されて良いと思う。
伏線の配置もなかなか巧妙で、練れている。

ヘヴィな話をさらりと見せるのも、ビートレインらしい味付。
萌えとエロに食傷気味の方に、ある種の珍味、箸休めとして最適。
といいつつ奈緒。奈緒可愛いよ奈緒。


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↑菊地洋子さんかと思ったら番由紀子さんだった



category: アニメ

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2010秋アニメ えむえむっ!  

えむえむっ!
http://www.butaro.net/

なんというか。かったるいものを見せられた気分になる。

第二話、結野嵐子の事情暴露によって物語に重めの宿題が課せられ、
視聴者はここで方向性を見失う。

その後は主人公・太郎が嵐子や美緒と懇意になるいくつかのイベントを経て、
セットされたよくある三角関係に突入。
嵐子が太郎のM体質を受け入れた上で傾倒し始めた時に、
この物語は終了している。

たとえば、M体質が治りさえすれば意中の女の子と付き合えるとか
逆に治療を成功させたほうが太郎をゲットできるとかでもいい。
一話終了時点でこうしたインセンティブが何もないため、
体質改善という目標には切実さがない。

太郎がMであるという事実は他にいくつかある性格設定の一部に過ぎず、
ストーリーを直接左右しないものとなる。

むしろ問題は嵐子が恐怖症をどう克服するかとか
一見無軌道な美緒の行動を物語の中でどう位置づけるか、
視聴者の興味はそっちに向かう。

で、美緒の人となりや詳細な情報はまったく明かされず
嵐子の恐怖症のほうも展開次第な話で、ほぼ予測不可能なため
視聴者は黙って進行に付き合う意外に何もできない。

三角関係へと向かう流れは展開としては王道なので
それなりに楽しく見られるが、
作品の独自性はすでに失われている。


第06話「騒乱だらけのマイホーム」がこの作品の象徴的なエピソード。
姉と母が嵐子に一体どんなひどい嫌がらせをしてくれるのか
ワクワクしながら見ていると、何も起こらずに終わってしまう。
徹頭徹尾、展開がヌルい。

第一話において太郎が美緒に吐いた最後の台詞
「この豚は一生、あなた様の下僕です」
これには非常に期待させるものがあった。
よくあるノーマルな男女関係や恋愛、先輩・後輩関係などでなく
学園物の中で「暴力主人とM奴隷」といういびつな関係性を正面から描くのなら
これはめったにないほど面白い作品になったような気がする。

誰もが期待したのは、そういう展開ではなかったか。
キャラクターはとても可愛く作られているだけに、惜しまれる。


category: アニメ

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2010秋アニメ 百花繚乱 サムライガールズ  

百花繚乱 サムライガールズ
http://hyakka-ryoran.tv/

OPを見て、サムスピ以来の柳生二刀流が見られるかと思ったけど
それらしい描写はほぼ無かった。残念。

剣劇の醍醐味は一瞬で決まる勝負をめぐる緊張感と
大見得の清々しさにあると思う。
キャットファイトに和風テイストを加味するなら
そういうシーン満載で来るかなと期待したが、これも不発だった。
なんか能力バトル物だろうが徒手空拳だろうが剣劇だろうが
作り方が同じなのな。

アームス作品らしく、ヌルめのアクションとチラリズムへの執着は
平常運転としても、せっかく「サムライ」を前面に打ち出すなら
槍や刀を持つ所作やポージング、その佇まいの美しさには
もっと徹底的にこだわって欲しかった。
元々模型屋の企画らしいんで、これはよけいに大事なことのように思う。

派手なアクションは無くても、見得さえ上手に切れていれば
それなりに見られる映像に仕上がる。
上戸彩の「あずみ」がそうであるように。
僕としては今後もそういう作品の登場を心待ちにしてます。


・そもそもなぜ十兵衛や義仙は柳生姓なのか、なぜ柳生の奥義を使えるのか
・なぜ十兵衛は宗明の元に落ちてきたのか
・破邪顕正の陣とやらで邪悪なものではなかったはずだが何故か。

みたいな物語の根幹に関わる疑問は解消されないままだが
後半、義仙の背信からラストバトルに至る盛り上がりはかなり良かった。
敵の敵がやっぱり敵、といったパターン崩しや慶彦のツンデレ化、
とくに最終話の「心配無用だ」のシーンは何度見ても茶を吹く。

一見理不尽だがどう考えても理は慶彦にあり、それに逆らった十兵衛が
結果的に宗明を覚醒させ、自らは代償を支払うはめになるという展開も
最終戦にうまく悲壮感をもたらしていると思う。
望みが断たれる中で命を燃やし尽くすような戦いはやっぱり熱い。

クライマックスの色指定にはいろいろ事情もあるだろうが
義仙が絵的に判別しづらいので異形化でもしてくれたほうが良かった。


ちょこちょこと兼続のコメディリリーフを拾いにいくのも上手い。
暴走気味の兼続が適時又兵衛や半蔵のリアクションを引き出したり
見せ場をこしらえて二軍の空気化を巧みに防いでいる。

ただ、ヒーローが搾乳して戦うアニメが存在する時代に
変身に必要なのが初回契約時のキス1回のみというのは、筋立てとして地味か。
セキレイなどの先行作品ですら必殺技のターンごとに接吻したりする。
毎回ぶちゅぶちゅレロレロと舌を絡め合うくらいやらないと、インパクトには
欠けるかもしれないな。

あと、気のせいかもしれんけど
等身がなんかおかしい。

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category: アニメ

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2010秋アニメ 咎狗の血  

咎狗の血
http://www.togainu./tv

原作はPC版のくせに10万本も売った大ヒットゲームらしい。
BL物の審美性など生え際が枯れ気味の僕にはさっぱりだが
主人公以外の登場人物を萌え系美少女に置き換えれば
ハーレム物の文脈である程度理解はできる。

結局のところ、あらゆる人物はアキラをひと目見た瞬間に
無意識下で恋に落ちるのだ。

シキが何度もアキラを追い詰めながら止めを刺さないのも、
一緒に来いと唐突に言い出すのも、
最終的にアキラがトシマに戻るのも、
すべては恋愛感情か、それに準じた心境の為せる業なのだろう。





作画がひどいと前々から話に聞いてはいたが
ひどいとわかって見ている分には、それほどの衝撃はなかった。
シリーズ中一番盛り上がるはずのラストバトルを
リサイクルカットで乗り切るというケースは初めて見たけど。

どう見ても一話の時点ですでに作業が追いついていないということは
脚本コンテがスケジュールを押したせいか。

高橋ナツコという脚本家は大した業績も残していないわりに
長年に渡り絶え間なくアニメ業界で仕事をこなしている。
この作品への参加もPの推薦ということらしいので
人脈だけはしっかり持っておられるのだろう。
逆に言えば製作側から見て与しやすい脚本家ということになる。
版権元や方々の意見を聞いて調整するのが得意な、
人当たりのよいタイプなのかもしれない。
いずれにせよ僕はOPクレジットでこの人の名前を見た時点で
いつも作品に期待するのをやめる。

紺野信者として言わせて貰えば
まあ監督として、この負け戦は心底悔しいだろうなとは思うのだが


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第09話 「薬束/bond」 黒ケイスケと対峙するアキラ

ケイスケの急襲を受けたアキラが
ひるんだ顔を見せるのが、どうしても分からない。
かなり心情をあれこれと考えてみたけど、それでも分からないな。

親友を絶望の淵から救うために、アキラは命懸けの<覚悟>をしてるはず。
いくらヘタレのアキラでも、このシーンでこんな顔を見せるはずはないと、
どうしても僕は思ってしまう。

作画がひどいとか、脚本が伏線を放置してるとかはわりとどうでもいいんだけど
ここだけは、アキラのキャラが大きくぶれている気がする。

あの紺野直幸が、こんな仕事をするはずがないんだけどなあ。


category: アニメ

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不機嫌なキャラクターの持つ力  

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彼(彼女)はなぜ無愛想なのか?
何に対して怒っているのか?
抱えている問題は深刻なものか? 解決可能なものか?

ただ不機嫌で無愛想であるというだけで、キャラクターは始めから特別な吸引力を持つ。

あらかじめネガティブなイメージを与えられて登場したキャラクターは
最初から視聴者に警戒されている。
そのため、進行に従いあらためて幻滅され、さらにイメージが落ちることは
あまりない。

そして多くの不機嫌キャラは、
「こんな一面もあるのか」「こんな表情を見せるのか」という具合に
知れば知るほど、ポジティブなイメージばかりで肉付けされていく。
落差が大きい分、元から愛想のいいキャラクターよりも永く強く愛されやすい。
「WORKING!!」に登場する多くのキャラクターが
最初からネガティブイメージを持たされているのとよく似た構造である。

加えて、不信感や警戒感などの負のエネルギーが
暗雲の兆しとなって物語に緊張感をもたらす。
それが観客を作品世界の奥深くへと引きずり込む原動力となる。



俺の妹がこんなに可愛いわけがない
http://www.oreimo-anime.com/


高坂桐乃の横暴で威圧的なふるまいは
ツンデレという属性への認知が一般化し店晒しとなった現在だからこそ
成立する特殊なケースに見える。

どういうわけか僕らは、彼女が「いずれ必ずデレる」と思って見ているし
そう思っているからこそ彼女の無法な振る舞いを
安心してペンディングにすることができる。

興味の対象は、あくまでもその「デレの瞬間」がいつ訪れるかであり
たとえばそれは「早乙女乱馬がいつ水を被るのか」といった
ピークへの期待感に似ている。

「桐乃は何だかんだ言っても兄貴を(恋愛感情込みで)好きなはず」
「すべては素直になれない感情の裏返しで、本当は寂しがり屋のはず」

高坂桐乃がいつまでもデレなければ、
観客はこうした形で勝手に創作を始める。
「寛容な兄は必ず報われなければならない」という幻想がそれを後押しする。
そうして気がつけば、誰もが作品世界にどっぷりと引き込まれている。
これも、不機嫌なキャラクターが持つ力である。

痺れを切らす者は途中で桐乃叩きに転じるが
強力なツンデレは視聴者をもツンデレ化させる好例と言えるかもしれない。
ストーリーらしいストーリーがまともに存在しないこの作品で
特定のキャラクターを叩ける情熱は、逆に作品愛にあふれているからだ。
そして、タイミングよく登場する新たな不機嫌キャラがその受け皿となる。
それが黒猫。まあ、よく計算されている。


蛇足ながら
特徴的な曲線で構成された丸っこいデザインもいい。
かんざきひろはポスト堀口悠紀子として
今後多くのフォロアーを生み続ける可能性に満ちている。


201010_512487_1235.jpg


↑ところで、こういう髪にグラデーションを入れた撮影処理って最近増えてますよね。
これを違和感なく動かせるって、デジタル技術は凄いなあ。



category: アニメ

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2010秋アニメ 海月姫  

海月姫
http://kuragehime.noitamina.tv/

何だかとっ散らかったような、とりとめのない物語で、全体像をつかむのに
少し苦労した。

中盤以降の兄貴のトラウマ話や蔵之助の母親の話など、
さほど重要と思えない挿話の意味がよくわからない。
女狐と兄貴の関係は、月海を混乱させ感情を揺さぶる装置としては機能するが
いかにも尺を取りすぎで、全体の印象を散漫にさせる原因となっている。

各キャラの情報を早い段階から積極的に公開し、客観視点で
さまざまなアングルを拾っていく演出スタイル。
設定や進行に謎や含みをほとんど持たせず、おかげで変なストレスはたまらないが
神秘性や訴求力といった各キャラの魅力の部分は相対的に減衰する。
興味の対象がアングルごとに分散し、その重要度が客観的に判断できず、
どうしても本筋の印象がぼやけてしまう。

たとえば蔵之助はシュウが30過ぎても童貞であることにやたら衝撃を受けてみせるが
そのことが物語上どう重要なのか、そもそもそれが本当に重要なのかが伝わってこない。
そういった部分に変に気を散らされるため
悩んだりヘコんだりしている月海に寄り添う視点が持てなかったりする。


以下、演出でどうしても気になった点をひとつ。

第05話「私はクラゲになりたい」
天水町再開発説明会にて、シュウにまったく相手にされなかったことで
「自分は無力」と激しく落ち込む月海が
「鎧を身に纏え」という蔵之助の演説で胸熱になる。

自分を見てもらうためにはそれなりの格好をすればいいという
ソリューションの提示が月海にとって格好の救いとなり
「なんだか心がふわふわしてきたよ」のモノローグ。

この流れがそのまま次話
第06話「 ナイト・オブ・ザ・リビング・アマーズ」に繋がるのだが

皆でドレスアップしたお出掛けのあと
唐突に天水館を訪れたシュウとの対面。





このシーンがシリーズ構成上とてもとても重要なんだけど
絵面含めた演出がひどく地味で、話にならない。
この時点でのシュウは、女狐といろいろあった直後で余裕がないとはいえ
例えばセミフォーマルにして花束を持たせるくらいはして良かったと思う。
彼は本来、着崩した格好で女に甘えに行けるようなタイプでもない。

そしてこのシーンは、月海が前回の説明会で激しく落ち込んだ後、
蔵之助の「魔法」で心がふわふわになり、
「アフター月海」となった彼女にもたらされる過去最大の奇跡。
ここで徹底的に月海を有頂天にさせておかないと
その後の展開で襲い掛かる悲劇との落差が微妙なものになってしまう。
そういう意味で、ここだけはもっと印象的な演出が欲しかった。

もともとシュウの造形自体が地味目だし、物語もテンポ良く進むため
月海が抱く恋心に対して、ここの他に視聴者が感情移入する機会もない。
いっそのこと、蔵之助と出会う前から
月海がずっとシュウに恋していたという筋立てでも良かったと思う。


オタクキャラ特有の挙動不審ネタはまさに鉄板で、
思わず爆笑させられるシーンもいくつかあった。
結局は、短尺の企画なのにアングルを詰め込みすぎたのが敗因かと。
まぁ原作付き作品ということで、難しい部分も多々あったのだろう。

それとOP映像に関して、映画のパロディーなど遊び心は満載だが、
これだとどういう物語なのかまったくわからない。
作品タイトルが内容の連想しにくいものである以上
そのあたりの配慮も為されるべきだろう。
作り手がオサレ心を優先して、わざわざ商機を逃しているような気がする。
しかしED曲は秀逸


category: アニメ

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2010秋アニメ おとめ妖怪ざくろ  

おとめ妖怪ざくろ
http://www.otome-zakuro.jp/

女性作家視点、というものが時折俎上に載ることがあるが
この作品はそういう文脈で語ったほうがわかりやすいかなと。

・キュートで可愛いお年頃の女の子・ザクロが男性にモテるのは当然!
・ザクロが花立にデレるのは、揚巻がしっかり捕まえてないから!揚巻が悪い!
・揚巻がザクロにいつまでも告れないのは、弱くて役立たずで自信がないから!
・だから最終決戦でザクロを救出して、堂々とカレシになりたい!


この理屈、男性だと前半が理解できなかったりするよね。俺にもわからん。

戦闘配置に男性陣の居場所がないという点は、一応終盤の彼らの奮起に繋がってる。
しかし筋は通っていても、それが物語として実際に面白いかどうかは別の問題。

「ガンスリ」や「屍姫」的な男女の縛り関係ではないため
ペアを組んで行動する切実な意味が存在しない。
そもそも「妖人省」の現場に人間の男性が配される意味さえない。
例えば、陸軍内などに妖人部隊を作るという話でも同じように成立してしまう。
人物配置に必然性がないのは、やっぱり無理がある。

ザクロだけが敵味方を含めて圧倒的に強い、という点で
たぶんバトル物としては成立してないのだが、
せっかく敵と戦うシーンを作るのなら、せめて男たちには雑魚敵をあてがうとか
何かもう少しやりようは無かっただろうか。

踊ってる女たちは絵的には面白いのでいいとして
男は見せ場もゼロで、一切何もしてないのなら
妖人社中と一緒に踊らせでもしたほうが笑える分まだマシなような。

しかし、女の子が一人で戦って、他の女の子が踊っているという発想は凄い。
アイデアとしてはぶっ飛んでて面白いはずなのに、今ひとつ魅力に欠けるのは
ビジュアル的な派手さが足らないせいだろうか。

地味な内容でも懸命に伏線をばらまいて丁寧に回収してるあたり、
わりと生真面目な作家さんなんだと思うけど
人を惹きつける狂気の成分が不足してる感じはする。
やたらと敵役の行動原理をコンプレックスに求めてみたりするし、
お人よしで、絶対悪のような存在は描けないタイプの作家なんだろう。
(まぁアニメの展開が原作通りなのかは知らないんだけど。)

でも、これだけは強調しておきたいんだけど
作中にて、最高に美味しいキャラはオモダカの父ちゃんなんですよ。前里長。
強欲で淫乱で嫉妬深いスプレマシスト。
誰からも同じように憎んでもらえる、わかりやすい純然たる悪役。
なんでこの最上級キャラをラスボスとして活かさないのかと。
いつのまにか死んでるとか、アホかと思う。

あと、個人的な見解。
ツンデレってのは、陰で一途に思い続けてるからこそいじらしいんではないかと。
ツンツンしながらあちこちにデレるのは、ただの嫌な女ではないだろうか。
ザクロには何度も何度も嫉妬させて、それを揚巻が徹底的にスルーした上で
ザクロが一度だけ花立にデレるなら、揚巻のヘタレっぷりが際立つと思うけれど。


褒めるべきところ――
カボチャ兄妹が、やたら可愛かった。
萌えとは一線を隔するデザインなのに、あの可愛さは異常。



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2010秋アニメ 探偵オペラ ミルキィホームズ  

探偵オペラ ミルキィホームズ
http://milky-holmes.com/anime.html

強烈なアートスタイル、というかコッテコテなキャラデザインから
キャラメルに砂糖をまぶしたような物語を想像して警戒していたが
驚いたことに、実はかなりの名作だった。

序盤、とくに第01話の作りは完璧で、ほとんど非の打ち所がない。

まず「1ヶ月前に起きた事件」を説明し
主人公たちのこれまでと、現在置かれている状況をわずか五分で理解させる。

今だ能力が戻らない事実と、それに対する危機意識の欠如、周囲の失望を描き
衆目の下で恥をかかせ、優遇措置を剥奪し、挫折感を与える。

最終的に「鍵はトイズの復活」として制限時間と今後の行動目的を明確にする。

喪失>屈辱>リベンジという、ピクサーにありがちなお手本的脚本の流れ。
カットやセリフに計算し尽されたように意味があり
ほとんど無駄というものがない。
内容自体がシンプルだからという面もあるが、
これほどまとまりの良い第01話というのもなかなか見られないものと思う。


続く第02話で白眉なのは
冤罪を被るコーデリアに退学処分を科そうとするアンリエットに対し
シャロが「何かワケがあるんです。どんなワケかはわかりませんが」と掛け合うシーン。
「わからない? 探偵がそんな言葉を口にするなんて」というセリフで
ああこの物語はそういう展開なんだと、何かスコーンと突き抜けるように理解させる。

その後の捜査展開はヌルいものだが
最終的なアンリエットの裁定はバランス感覚のあるものだし
石流は「面目ない」といった微妙な謝罪をするが
敵味方キャラとして、ここで全面的な和解するわけにはいかないため
滝に打たれることで記号的な反省を強調し、くすぶる不満を相殺してみせる。

それぞれが個別かつ性格設定を反映した理にかなう動きをしたうえで
シナジーを発揮し互いに引き立てあう作劇は見ていてとても美しい。


第10話、試験前に狂ったように遊び倒すミルキィホームズに対する苛立ち。
そして試験後、ついにブチ切れるアンリエットに対して感じるシンパシーときたらもう。

かように視聴者の心理を手玉にとって仕掛けを用意し
狂気にして目的不明なラストバトルを強引に畳み掛けてくる展開も
なぜかこの作品だと許されてしまう。
というより、登場人物の位置関係を完全に掌握しているアンリエットの美学が分かり過ぎる。

だからこそ、さんざん引っ張って解けない謎も、着かない決着も
視聴者にとっては望むところとなる。
ユルく、賑やかにドタバタとやっている日常の完成度があまりに高く、
その居心地が良過ぎてもうちょっとこのままやっててくださいと
誰もが言いたくなるに決まってるのだ。
だからこの作品は、ちょっとズルい。






category: アニメ

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2010秋アニメ ヨスガノソラ  

ヨスガノソラ
http://www.starchild.co.jp/special/yosuganosora/

エレピとストリングスを中心にした劇伴は
幽玄にして清冽な田舎の情景、暗い夜の静謐、澄みわたる空と空気など
舞台となるひなびた田園風景にうまく適合して盛り上げてくれている。
リサイクルの多さが少し気になるが、背景美術も素晴らしい。
下の「日陰の植栽」には感心した。これはアニメ美術にしかできないことで、
実写なら当然のようにNGになるカット。並の発想ではない。




本作はギャルゲーを原作としたオムニバス作品であるが、
断章ごとに分岐に戻って選択肢をやり直すというのは試みとして興味深い。
が、残念なことに、話が絶望的につまらない。


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要するに↑こういうことかと思う。
1クール持たせられるようなストーリーがない。
だからオムニバス形式にエロを混ぜてお茶をにごすしかない。

このしょうもない各ストーリーをアニメ化するにあたって
スタッフの並々ならぬ苦悩があったことは
過剰に盛り込まれたサービスから窺い知ることはできる。

シリーズ序盤で客を取り逃がさないためにオマケコーナーが必要になり
当然そこでは不必要なまでにはっちゃける。

本編ではデコルテや透け下着で場を繋ぎつつ
なんとか4話まで見てもらってセックス。
この露骨なセックスシーンも不可欠なものではなく完全なサービス。

「地上波でここまでやったのはアニメ史上画期的」だろうか?
全然そんなことはない。
たとえば「School Days」の惨殺シーンは当時話題になったが
それが後続の作品に影響を与え、何か脈々と受け継がれているかというと
そうでもない。
ある種の色物として記憶されてはいるが、あの作品がアニメ表現の幅を
結果的に拡張したなどということはない。

ヨスガノソラも同じだ。
たとえ今後、その極点に挑戦する者があったとしても
結局「ヨスガ以上/以下」といった文脈で言下に退けられるだけだ。

あのセックスシーンは、本来無限に自由であるはずのアニメ表現に
「とりあえずココまでしかできない」という枷を自ら嵌めてみせた。
それはアニメにとって、果たしていいことなのだろうか?



といいつつ
奈緒編ラストの表情の作り、これはすげえと思った。
んほぉ状態であるが


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昨今の18禁エロアニメは時短化が進み内容も陵辱・NTR一辺倒に近く
ひたすらgifアニメのような高速ピストンと結合部描写、
ヒロインも痛いんだが気持ちいいんだかわからない表情ばかりで
いわゆる作画水準は上がってるわりに
風情のある顔の表現がほとんど蔑ろにされている。

ヨスガノソラは結合部を描くわけにいかない地上波であるから
必然的にエロアニメ的な定番アングル以外を描かざるを得ないわけだが
そうした事情が奏功した面は否定できない。

だが、どんな即物的な表現よりもむしろ
こういった縛りの下、「匂わす」部分でうんうんと知恵を絞ることが
結果的にアニメ表現の幅を大きく拡張していくことになるはずだ。

この奈緒のシーン、これはグーです。120点をあげたい。



category: アニメ

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2010夏アニメ 伝説の勇者の伝説  

伝説の勇者の伝説
http://www.denyuden.jp/index2.html

ローランドを離れティーア・ルミブルの隠れ家に至るライナが
虚脱感やニヒリズムに支配されない点が物語るのは
二面性がないのは幼い子供とライナだけだということ。

為政者として善悪の顔を使い分けるシオンはもとより
フェリスには凄惨な過去と、それにまったく繋がらない現在の顔があり
彼女を溺愛する兄とエリス家当主としての顔を持つルシル、
フロワードには冷酷な殺戮者と慇懃無礼な上級貴族の顔があり
キファには歳相応な少女の顔とスパイとしての顔がある。

物語の核心に近い存在ほど浅慮な行動を取るのが作品の特徴だが
こうした人格面の設定は不思議と徹底しており
「人は皆、腹の底では何を考えてるかわからない」というのが
作者から見た世界のひとつの真理であるのだろう。

「友達に迷惑は掛けられない」と辞別するのがライナ
「友達に殺されるなら死んでもいいや」と思うのがライナ
「シオンがどんなに狂っても友達だから救いにいく」のがライナ

ポストエヴァ世代の作品らしく
「他人が自分をどう見ているか気にしすぎる状態」な「ぼく」が
てらいもなく「友情」をキーワードに世界と向き合おうとする、
その青臭さを中和し類型から弁別するために
現実離れした、ある意味でチープな中世風ファンタジーの世界観が
必要だったのかもしれない。

原作未完のためアニメが話半ばで終了するのはもう慣れてしまったが
シオン(=勇者)の最終目的などの大きな物語が
今ひとつ見えて来ないのは不満が残る。

比較的丁寧に描かれたミルク・カラードの立場も結局本編に絡まないし
前半を費やした遺物探しが無収獲に終わったのには愕然とした。

第10話あたりから俄然面白くなるだけに、いろいろと惜しい。
原作小説は大変な人気作らしいのだが、
このアニメは作品として評価する段階に達していない。
「続きはぜひ小説で」つまり、アニメ化に対する本気を感じない。



category: アニメ

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