大匙屋

健康第一

2010夏アニメ あそびにいくヨ!  

あそびにいくヨ!
http://www.asoiku.com/index.html


主要キャラの行動目的(執着)と弱点を整理してみると、
つかみのための設定がちょっと弱いのかなという気がします。

嘉和キオ 執着=よくわからない。友達が大事。自分のやりたい事を探している。
/弱点=よくわからない
エリス 執着=交流したい/弱点=よくわからない。発情期。
真奈美 執着=よくわからない/弱点=キオに対し素直になれない
アオイ 執着=キオへの思慕/弱点=エリスにキオを取られそうで不安


最初の米軍基地拉致事件の行動、
真奈美にしろアオイにしろ一方的にエリスを攻撃し拉致しているわけで、
その後の救出劇に参加したとはいえ、エリスには自力脱出できる能力があったため
真奈美やアオイ、先生の印象はネガティブなまま。

で、エリスとは一体どんな子なんだろう、ナイスバディでいつも笑顔だけれど
怒ったり泣いたりするんだろうかとか、
事件のあと、視聴者の関心はエリス本人に向かうわけです。

そこで真奈美やアオイが大使館(キオ宅)に押し掛ける形になって、
始まるかと思われたキオとエリスのロマンスのステージが邪魔される。
もうこの時点で、真奈美やアオイには感情移入のしようがないのです。
アオイにはまだしおらしい部分もあるが、真奈美に至っては利己的でノイジーで、
可愛いところを見せてくれることもない。

その後の展開では真奈美がアオイに肩入れすることになり、
結果的にエリスの登場シーンはさらに削られていく。
真奈美やアオイを見直す機会が視聴者に与えられないまま、
どうやってキオを「攻略」するかという話になっていく。
視聴者が見たい・知りたいと思っている方向に話が転ばず、ストレスとなる。

エリス自身も、実際はただ単に笑顔だけの面白味の薄いキャラで、
扇情的な仕草を見せる以外には話の起点となる要素を持っていないため、
余計に物語の切り口は真奈美・アオイ寄りになります。

序盤におけるこうした三角・四角関係の構築の失敗が最後まで響き、
ロケット発射前に本音をぶつけ合うという重要なはずのシーンでも
エリスだけが一人、大人の対応をしているように見えてしまう。

米軍による拉致のあと、ネコミミ教団による拉致事件が続くのも
構成として旨味がない。
同じような話を繰り返すくらいなら、日常の風景をやってくれればいいと
感じる人も多いでしょう。


突然ネコミミの宇宙人がやって来る、朝起きたら半裸で隣に寝ているといった
ベタベタな展開は、やってるほうもわかっていて、それだけではない展開に
しようと思って作ってるはず。

でも実は、見てるほうはベタベタなものを「うわーベタベタだ」と思いながら
それでも見たいという段階だと思うんですよ。何周目かの。
アマガミなんかが受け入れられてるのは、そういう部分じゃないのかな。
今時これはないだろ、と突っ込みながら楽しんで見てるというか。
そういう欲求が確かにあって、この作品の場合はそこを敢えて外してくるので
微妙なコレジャナイ感が募りますね。

ラストのアクシズ落としみたいなのも、擬似反物質なんちゃらで
撃てばよくね?とか思っちゃいます。

延期を重ねて最近出たOVAはカンパネラと同じようなおっぱい祭りだそうで、
まあ色々と無様な作品ですね。



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category: アニメ

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2010夏アニメ 屍鬼  

屍鬼
http://www.okiagari.net/

いやーこれは面白かった。
善悪の問題や極限状態での行動心理なんかについては
どうでもいいことなので、考えたいように考えればいいと思います。

主要な登場人物は、機能不全家庭に起因するトラウマから
周辺世界との距離をうまく取れないでいる人たち。
出てくる人間がキチガイばっかりだと、無条件に面白いです。

尾崎敏夫、村人を救えない罪悪感から自罰的、自己破壊的に問題解決に没頭する
室井静信、自己の価値観や人生目標と周囲の期待との狭間で苦悩し続ける
村迫正雄、パーソナリティ障害、自己の否定的側面をすべて他人のせいにする
清水恵、田舎に依存しつつ失望し、理想郷(マズロー的な)としての都会に幻想を抱く
結城夏野 革新的な親の都合に振り回された経験から自立を強く望んでいる
桐敷沙子 屍鬼化によって唐突にすべてを失ったまま、承認を求め続ける

要するにこれはパンデミックホラーの形式を借りた自己愛と滅びの物語です。
自分の意志で屍鬼化を拒否する国広律子の存在が唯一の救い。

そして生きるために殺すことを自発的に選択した多くの村人屍鬼と
何も分からぬまま幸福の絶頂から屍鬼に落とされた沙子は異質な存在。
その沙子を静信が救うという結末は、実は正しい。

仏僧である静信が心を落ち着ける場所が寺の本堂ではなく旧教会である点。
そしてその場所で静信を癒すのが神仏ではなく沙子である点。

静信にとって沙子はセラピストに親への思慕が転移した存在であり
兼正地下室の隠棲から山中を逃亡する間は憐憫による行動だが
旧教会に至る人狼化した局面ではある種の確信に満ち溢れている。
これは寺の襲撃で実母を惨殺された事実と無関係ではない。
結果として大川を殺したあと、静信は合掌もしない。
そして信仰に殉じようとする沙子に静信は告げる。
神は見守ってなどいないのだと。
この突き抜け感はグーですよ。事の善悪に捕らわれていると、見えませんが。

物足りなかったのは、
室井父の行動目的が伝承として村にある起き上がり伝説に絡まなかったことと、
桐敷正志郎が何故屍鬼と生活していたのか、この点の説明が無かったこと。
これらは屍鬼と人間の共存の可能性に含みを持たせることになり
作品理解の妨げとなるだろう。

奇抜なキャラデザインは膨大な登場人物を逐次判別するのに一役買っている。
恵ちゃんや正雄くんの大活躍を堪能するだけでも、見る価値は十分アリです。

ダイナマイトは水に濡れて湿気てるだろとかツッコミどころも多いし
人間の醜さとかに拘泥する演出意図が見え隠れして野暮ったい部分もあったので
一度原作を読んでみたいと思いました。
こんな風に思う作品も久しぶりです。



余談ですが辰巳役の高木渉さんはいい声優ですね。
なんか往年のはせさん治さんを思い出す声質。





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2010夏アニメ ぬらりひょんの孫  

ぬらりひょんの孫
http://www.nuramago.jp/index_1st.html

主人公が①何を求め、執着しているかと②何を嫌がっているか、この二点が
基本的に僕の序盤のチェック項目です。
主人公が嫌がる方向に展開すれば、話は大抵面白くなります。

で、この作品の場合

・主人公の執着 人間としての生活を守りたい
・主人公の弱点 妖怪の総大将の跡取だと友達に知られたくない

で、学園コメディと猟奇ホラーをブレンドさせて進んでいくのかな、と思って
見ていました。

しかしどうも、人間として生きたいらしい、主人公の切実さが伝わってこない。
彼の逡巡は単にモラトリアムに見え、行動や選択がシンパシーを呼ばない。

・同情を引くような不運に主人公が見舞われない。
・彼が守ろうとしてる人間としての生活に、今ひとつ魅力が感じられない。

生活のほうを表現するのに、清十字探偵団とやらの活動に比重を置き過ぎている。
次々起こる問題が後継にまつわる内紛や妖怪の勢力争いばかりで、一般人は蚊帳の外のため
人間としての生活のほうになかなか本格的なスポットが当たらない。
そのせいで、見た目に地味なヒロイン・家長カナの魅力を十分に表現できていない。

マンガなら大ゴマや段ぶち抜きなどで印象を操作できるだろうけど
アニメではこの造形は地味過ぎるので、彼女とのイベントが日常的にもっと必要だと思う。

しかし、触手攻めとかパンチラとか何もなしか。
一体何を担当するためにいるのだ、このヒロインは?
彼女が「守りたい人間としての生活」側の象徴になり切れていないため、
主人公の苦悩もふわふわと宙に浮いてしまう。
妖怪サイドにいる雪女のほうは、表情もくるくる変わり、異様に可愛らしいけれど。

バトル展開に関しても、結局最後には夜リクオが出てきて敵を圧倒するので
ほとんどスリルというものが無い。
悪役にもあまり魅力がなく、どれも雑魚臭がして、巨大化などの負けフラグがひどい。
圧巻なのはラストバトルで、本来「魔王の小槌」というのはアーティファクトのはずだが
普通に戦えてるしリクオの方が強い、さすがにそれはないだろうと思った。

結論としては、雪女の可愛さや健気さを愛でるためだけのアニメ。
今、第二期をやってるんですね。てことは、こんなんでも人気あるんかな。


あと気になった点をひとつ

第12話「玉章と七つの影」
おそらくシリーズ中誰もがイラっとする犬神のシーン
この役回りで、家永カナの存在意義が唯一際立つ





生理的嫌悪感を抱くような嫌がらせを女にされて、
ここは主人公がブチ切れてもいいシーンだが
それでも彼が冷静なのは、この程度で切れるのはクールじゃないと
演出側が思ってるからなんだろう。
それはまあ、別にいいんだけど

「挨拶はそのくらいにしておけ」のあと
何があろうと、主人公がつかんだ手を先に放すのはダメだ。
これは致命的な演出ミスと言っていいレベル。
得体の知れない相手を正当な理由なく信用し、女の身の安全を委ねていることになる。
この一瞬、彼女はものすごく不安になるはず。
こんな主人公に女は惚れないし、組織は統率できないし、視聴者も惚れない。
こういう部分に、演出に当たる人間の生き様が出る。




category: アニメ

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アマガミSSと男根中心主義  

近況。どうも、生きてます。
忙しいです。
ハードディスクに未視聴作品が溜まる一方ですが
徐々に消化しています。


******************

アマガミSS

http://www.tbs.co.jp/anime/amagami/

一番驚いたこと。
ヒロインが抱えるプライバシー上の問題に主人公がコミットしない。
しないというか、させてもらえない。

主人公は頬を赤らめ、オーバーなリアクションを繰り返すことで
たえずヒロインの行動を承認し続けるだけ。
つまり腰を振りながら「気持ちいいよ最高だよ」と言ってるのと同じ。
要するに主人公にはファルスとしての存在価値しかない。

一方でヒロインは主に家族関係などに問題を抱え、そこから生じる承認欲求を
主人公を取り込むことで満たそうとする。
つまり、フラグは最初から立っている。

仮に主人公がその問題にコミットすれば、選択肢が増え尺が伸びイベントが減る。
本来そうあるべきところを潔くバッサリとカット。

これだと物語として成立してなさそうな前提だけど、意外とそんなことはない。
結果としてアホみたいな説明台詞(#16「最終のバスに間に合ってよかった」など)
が頻出する弊害は出ているが、各エピソードは短い尺を最大限に活かし
コンパクトにまとまっている。

これが何故、それなりに面白く見られるのかというと
主人公視点では、悪意や敵意といった「他者」が存在しない世界で
成功体験だけが約束された展開が絶大な安心感をもたらすから。

ヒロイン視点では、どのようなタイプのヒロインにも親和性を高めるため
人格の特徴的な部分があらかじめ排除された主人公が
絶えず承認欲求を満たしてくれる存在として随伴するから。


演出では裸や乳揺れなどのあからさまな絵はほとんどないが、ヒロイン達の
ちょっとした仕草やポージングでシルエットやボディラインを執拗に強調し、
常にセクシャルなイメージを喚起させる。

骨太のストーリーは無いも同然、苦痛や挫折感は徹底して排除し、
性的イメージの喚起をひたすらに追及しつつ、でも直接的なエロはなし。
まぁよくここまでやるもんだと感心させられる。
いや、マジでこれは見事なものです。
七咲逢編の出来は、ちょっとひどいものですが。

こういうものを、案外と喜んで見ている僕のリアルは
どれほど絶望に満ちているんだろうと心配になった。


類似作品ということで、次回はヨスガノソラについて少し。





category: アニメ

tb: 0   cm: 0