大匙屋

健康第一

「あの花」最終話の違和感  

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。


どう作ったって、幼馴染を二度も失う話なんて泣けるに決まってるのだ。

最終話で強く感じたのは
「ここまでバカみたいにわかりやすくしないとダメなのか?」
ということ。

東のエデン、エンジェルビーツが商業的に成功し、
明暗を分けたまどかマギカとフラクタルまで
業界にオリジナルアニメ復活の兆しは徐々に見え始めているものの、
まだ隆盛というほどには至っていない。

「true tears」「CANAAN」といった微妙な評価のオリジナル作品を
延々と出し続けてきた岡田麿里脚本。
ノイタミナ枠ということもあり、ライトな視聴者層に向けて
これでもかとわかりやすさを徹底することで
リスク回避を優先した面は大いにあったと思う。

声優陣の熱演と相まって、登場人物の苦悩はストレートに伝わってくる。
嗚咽や慟哭が貰い泣きを誘い、感情を揺さぶってくる。
この勢いには、多くの視聴者が飲まれてしまうのも無理はない。

この学芸会のような展開を選んだ結果として、
つるこ、あなる、ぽっぽのキャラはそれなりに立ったが
「リーダーじんたん」をゆきあつが承認するトリガーは用意されておらず、
顕現しためんまに対し、ゆきあつが感極まって突撃しない理由がない。
10話までかけて、折角ここまで先鋭化していたゆきあつのキャラは完全に潰れた。

主題歌「SecretBase」の挿入もあざとさが際立つように感じた。
しかし「あの曲が流れたのは良かった」という人も少なからずいるようなので
そこも視聴者のフェイズシフトが色濃く出る部分かもしれない。

愁嘆場における感情の移ろいを言葉や演出を用いるのではなく
乗りや様式美で表現しようとしている。
ドラマティックではあるけれど、人によっては過度に芝居じみて逆効果となる。
彼らはかつての友情を取り戻したというより
大切なものを失う痛みを分かち合うために接近したように見える。
それはわりと、震災直後という時代の気分に合致するものではある。
でも結局、めんまの願いに彼らの団結は直接関係がなかった。

境内での自己啓発セミナーや唐突なかくれんぼに違和感を感じるなら、
それは完全オリジナルアニメを受け入れる準備の整っている人だからだろう。
ぶっちゃけるが、この作品は半年後には忘れ去られていると思う。


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category: アニメ

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