大匙屋

健康第一

ポストモダン実験作としての「ぽてまよ」  

「ぽてまよ」とは、なんだかよくわからない生物を中心とする物語ですが
ぽてまよが何なのかをあえて説明して見せないところが
「ぽてまよ」という作品の魅力を構成する最大要素であると思います。



「ぽてまよとは何なのか」という問いかけは、つきつめていくと
「ぽてまよを見ている私とは何か」という問いかけに他なりません。

ぽてまよが朴訥な主人公に抱きしめられて満面の笑顔を見せるとき
我々も主人公の笑顔を通じて自己自身が充足されている事実を発見する。
感情表現の乏しい主人公がぽてまよに対して笑顔を見せるとき
初めて我々は神として、あるいは他者としてのぽてまよに拠って
主人公と同化してこの世界に存在することを「許可される」のです。

この物語構造は日本のアニメにおいてはわりと伝統的なもので
異種間コミュニケーションを主題とする作品群、代表的なものでは
「となりのトトロ」や「あらいぐまラスカル」などで語られる
自由主義的な「他者論」と源流を同一にするものです。

しかしトトロやラスカルがグノーシス的な二元論でいうところの
「象徴的な善」であり、最終的に理解可能な救済を与える神であったのに対し
ぽてまよは空間的な意識の拡大の結果として表象した「他者」であります。

宮崎駿は「ハウルの動く城」などで超自然と自然、戦争と平和、善と悪などの
グノーシス主義的な二元論の克服を試みていますが、
「ぽてまよ」はその宮崎駿が挑もうとしている世界観と最初から地続きです。
「ぽてまよ」が先行するマスターピースと一線を画するのは
入り口が「萌え要素」になっている表面上のギミックとしてではなく
この近代的で革新的な一点に関してのみ。

「ぽてまよとは何か」という説明を意識的に排除することによって
「ぽてまよを見ている私とは何か」という真の問いかけを留保し
「私たちは共存を許されている」という傲慢な満足感と
無限の肯定のみを浮遊する我々の内面に与えてくる。
だから見ていてなんとなく気持ちがいいし
ずっと見ていたい衝動にかられていく。

この「なんだかよくわからないもの」を「とりあえず寛容する」ことにより
世界にはぽてまよとぽてまよを見ている主人公がいて
その世界を我々が俯瞰することにより我々が得られる幻想的充足が
実は我々自身のナルシシズムを刺戟しているのです。

これは作品の作り方としては非常に姑息でズルく、
しかしどうしようもなく魅力的で抗いがたいものであることは確かです。


公式ページ


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category: アニメ

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公明党の吐く嘘っぱち  

定率減税の廃止を言い出したのは公明党である。

定率減税は景気対策のために99年に導入された恒久的減税で
所得税の20%、住民税の15%を減税するというものだった。
もともとは大企業減税とセットで導入されたが
今年になって定率減税だけが廃止された。

あくまで減税を廃止するんだからこれは増税じゃないよと言われても
今までより税負担が増えるのだから増税と変わりがない。
しかも企業の減税はそのままだから
庶民負担だけが一方的に大きくなる不公平な政策である。

その結果はサラリーマンの方なら
6月の給与明細を見てご存知のはずだ。

天引きされている住民税が昨年までの2倍から3倍になっている。
定率減税廃止は段階措置なので、この2年で住民税は実質5倍近くになっている。
そして06年には課税所得200万円以下の納税者の住民税率が
5%から10%へ、一気に2倍になった。
与党は「住民税は増えましたが、所得税率が減ったので合計は同じです」と
大嘘をついて誤魔化している。
「定率減税の廃止」は結局「増税」である。
こんなことに騙される奴はいない。



もともと公明党は03年総選挙に際して「年金100年安心プラン」を掲げ
定率減税を廃止するのは年金財源確保のためですと宣伝していた。

しかし、これも大嘘だった。
定率減税の廃止と公的年金等控除の縮減、老年者控除の廃止額の合計で、
国税収入は2兆8千4百億円も増えた。
ところが、年金の国庫負担は5100億円しか増えておらず、
増税額のわずか5分の1にとどまっている。
つまり残りの2兆円は一般財源になった。
年金の財源にしますと国民を騙して2兆円規模の大増税をしたわけだ。
そして「足りない年金財源は消費税増税でカバーします」と平然と言っている。


財源確保は確かに重要な案件である。
どこの政党だって政権を担えば
消費税増税はこの先避けられない問題だろう。

だがウソとまやかしで事実を糊塗・隠蔽し
さも庶民の味方のような顔をして平気で経済的弱者だけに税負担を強要し
あなたたちに決して損はさせません
我々に任せておけばこの先も安心ですと駅前でがなりたてる。
それが政治家として、政権政党としてあるべき姿とは
到底思えない。

ぶっちゃけこの国にはいらねえだろ、こんな政党。

category: 雑感

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7月からの新作4編  

もえたん

監督は月面兎兵器ミーナの川口敬一郎
今ハヤテの監督やってたと思ったんですが同時進行でしょうか。
となると演出や作監の仕事は重要になってきますが
キーアニメーターがクレジットされてるし作画は安定してそうです。
キャラデ西尾公伯・東鳩2やってたコクピットの方。総作監もやるみたい。
なんというか良い悪いは別にして、流行最先端の絵を描く人ですね。
マジックアイテムのデザインをカリスマエロ絵描きのうめつゆきのり氏が担当
「メガストア」や「コミックドルフィン」の表紙の人といえばわかる人はわかるか。
ちょこシスでもやってましたが実はこっち方面の才能のほうがあるのかも。

原作が一応受験用の学参らしいので
一体どんなものに仕上げるのだろうと思ってましたが
大雑把な雰囲気は「アルティメットガール」に近いかも。
19歳の高町なのはに不満な田村ゆかりファンには丁度良い作品かな。
直截的なエロがない分企画として一層邪悪です。



ひぐらしの鳴く頃に・解

オリジナル「厄醒し編」、続いて「皆殺し編」「祭囃し編」の順に放映だそうです。
今千秋監督、川井憲次音楽
ひぐらしに関しては今千秋さんよりも
構成・脚本の川瀬敏文さん(谷口悟朗さんの師匠)の存在感が大である気がする。
音楽の川井憲次って人は今更ですが化け物ですね。
よく名前を見るようになったのはここ数年ですが
この人の引き出しの多さは正直異常だと思います。

初回は前作の30年後からのスタートでした。
鍵となる人物のモノローグから物語の結末が語られていくのでしょうか。
大変期待しております。



さよなら絶望先生

新房昭之監督。静止画の多用はこの方の作風ですかね。
エキセントリックなキャラクターが主人公の会話劇という作品は
最近少ないので、新番の中では異彩を放ちます。

キルケゴール風に言うと、主人公は絶望して命を絶とうとしますが
それはポーズであり
あくまで自己自身を保存しようとする通俗的な願望に支配されていますから
「本来的な関係(自己)」を措定したのが自己自身であるにも関わらず
絶望してなお自己自身であろうと欲する主人公は
「こんな自分は生きる資格がない」と主張しながら
実は「こんな世界は生きる価値がない」と主張している
無神論者=エゴイスト、ということになりますね。



ゼロの使い魔~双月の騎士~

監督は岩崎良明から紅優に交代
釘宮理恵さん、役柄によって微妙に声質が変わりますね。
知人にそう言ったら違いがわからんと言われたので
僕がそう思うだけかもしれないですが。
ルイズ特有のデレ時のしおらしさをかなり表現できていると思います。

ただ前作と違ってツンデレだけで商売になる時期は終わってますし
主軸となる物語や人物設定の掘り下げ方次第では
駄作と化す可能性も捨てきれないところ。
2期は大抵失敗しますしね。



category: アニメ

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7月からの新作5編  

「ケンコー全裸系水泳部・ウミショー」

ケンコー全裸系というからさぞかし裸体全開なんだろうと思いきや
乳首はおろか尻ひとつ描くにも遠慮がち
第一回からこれでは、底抜けに明るい主人公の表情やキャラ設定とは裏腹に
肝心な所はこの先も絶対に見せませんよといった確固たる決意に見受けられ
多分この監督にとって乳首や尻は美的に不健康なのかもしれない。
そうかと思えば下着や水着に関しては病的なまでに執拗な描き込みが見られ
別にそうまで全裸が見たいというわけじゃないのですが
これでは昨今はやりの羊頭狗肉じゃないのかなと。
ポルノ規制等で必要以上に萎縮し続けるアニメ表現世界にあって
水しぶきを上げつつブレイクスルーを見せてくれると期待したのですが
30分間水槽のグッピーを眺めていたほうがましだったかもしれません。


「School Days」

序章は主要登場人物の紹介編といったところ。
狂気を想像させる演出なども一切なく淡々と繰り広げられる高校生活、
普通にありそうな出会いと恋心をわりと丁寧にじっくり描いています。
この先も緊張と弛緩とを上手にバランスよく演出してくれるといいのですが。


「CODE-E」

こちらは主人公が電子機器に近づくとバグを誘発する体質の少女、という
設定なんだろうと思いますが第01話「転校生と告白のこと。」
まず主人公の地味で内向的な性格から、物語の世界観と設定の奇妙さを
面白おかしく表現している分にはいいのですが、そのまま大した見せ場もなしに
一気に男の子を登場させるところまで走ってしまっては展開に取り止めがなく、
初回重要であるはずの告白シーンのインパクトも作り損ねている気がしました。

設定やデザインがもっと派手な主人公ならゴリ押しでよかったと思うんですが
これなら告白は2話以降に回してでも主人公の生活の苦悩を先に描いたほうが
見るほうは素直に感情移入できたんじゃないかと。


「ななついろ★ドロップス」

地味で凡庸な男の子が非日常の扉を開けて成長していく物語になるのかなと。
ニヒリズムに染まった未熟な個をおおらかな愛の魔法で優しく包み込む
ゆとり教育的な現代風ファンタジー。正直おなかいっぱいです。
演出次第では主人公のやさぐれ方などに独特のユーモアを見出せると思うので
作品としてはかつてないオリジナリティで大きく開花する可能性もありますが、
多分単純な萌え中心でやっていくんだろうな。


「シグルイ」

作品の濃さという点では近年のアニメでは抜きん出ていると思います。
往年のサムライ映画を彷彿とさせるコントラストを多用し間を重視した演出。
レイアウトやカット割、正直出色というほどの出来ではないですが
スタッフの並々ならぬ意欲を感じさせます。
劇伴は無国籍東洋風でコンポーザー吉田潔の真骨頂
ホーメイの岡山守治さんまで参加しているらしい。
主題歌はなんだかガムランのようで一聴の価値あり。

category: アニメ

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「s o l a」 最終回  

何もかもがすべて綺麗に解明された内容でもないのに
不思議と後味が爽やかなのは、最終的に不幸になった者がいないからだろうか。

蒼乃…「弟依人の死」を受け入れ、人間に戻る
紙依人…蒼乃を立ち直らせ、茉莉と再会の約束をして消失
茉莉…蒼乃によって「人の心」を与えられ蒼乃を人間に戻す

こより…蒼乃との友情を取り戻す
真名…依人の空への感情を受け継ぎ蒼乃と関係修復

繭子…剛史が「傍にいてくれる」という確約を得る
剛史…繭子が人間に戻るのを拒否したことで繭子とようやく向き合えるようになる


一見「3人で仲良く暮らせばいいじゃないか」という見方をしたくなるが
紙依人が弟依人でない以上、その暮らしは幻想だ。

蒼乃は弟依人の死を受け入れられないままに
夜禍となり代替物として人形を作り出した。
蒼乃の思いが強かったため新依人はほとんど旧依人そのものだったが
「空へのこだわり」(茉莉に空を見せたいという強い思い)まで再現してしまった。

「船首を掴んでいたはずなのに、目を開けると帆を掴まされている」

劇中の重要なシーンに何度か登場するこの「帆掛け舟」の折り紙は
俗に「だまし船」とも呼ばれるが、蒼乃はまさにこの単純なトリックに
はまった状態だった。
このような小物を暗喩的に用いる演出は本当に冴え渡っている。
蒼乃が自分だけのために、完全無欠な依人を作ろうとしたばっかりに
出来上がった依人はあろうことか茉莉と再会し惹かれ合ってしまう。


しかし紙依人自身は、実は一面において旧依人以上に依人であり
愛する姉との何事もない暮らしが、姉にとっての幻想でしかないことを見抜く。
依代(よりしろ)として存在する自分の価値は、蒼乃に正気を取り戻させ、
不幸な事故によりこの世を去った旧依人の死を受け入れた上で
陽の光に怯えることのない、人としての真の生を取り戻させることだと悟る。
その紙依人の決意が、茉莉をして為すべき使命へと導いていくのだ。

結果依人と茉莉だけは世界から姿を消すことになるが、
誰一人何も失っていないという奇跡のエンディング。これは見事

記憶を失くし、行き場所を失った真名の依人への思いが
空へ向かって「告白」させるシーンは白眉。
これほど美しくも物悲しい情景は久しく見なかった。


OVAも出るそうですが番外編温泉回でしょうか。

category: アニメ

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