大匙屋

健康第一

「KANON」とは終わりなき日常の友引町である  

「KANON」を見てみた。

Key/ビジュアルアーツの一連の作品を理解するために
まず最初に用意されているハードルは
デザイナー「樋上いたる」の特異な絵柄を受け入れられるかどうかの一点だ。
これがまさしくBasic認証となっていて
その先のディレクトリに用意されてあるのは
「KANON」という名の閉鎖的ソーシャルネットワークシステムである。


俗に「いたる絵」と呼ばれる樋上いたるのデザインは
現在ハーレム系アニメにおいて主流となっている、いわゆる「萌え絵」の
系統とは違う、きわめて独特なセンスで大胆に記号化されている。
丸顔に鋭角的な顎、総じてタレ目がちな巨大な両目と同一底辺上で隆起する鼻頭
デザインとしての洗練度は低くはないが、その個性的なバランス感覚に
初めて見る人はギョっとすることだろう。

一連の作品群には、俗に言う「ギャルゲー」を原作としている関係で
主役の男性1人に対して数多くの女性キャラが登場することになるわけだが
その多くの女性キャラも、頭髪や服装、身長等の設定を度外視すれば
その基本的な意匠においてほとんど差異は見られない。

それをデザイナーの力量の問題と取るのかは意見がわかれると思うが、
造形的差異の不備をフォローするように、各キャラクターには
「うぐう」や「あうう」といった奇妙な口癖を発するという設定が多く見られる。
いずれにせよ、この「いたる絵」の造形美を受け入れることができれば
作品の入り口には立てている、ということになる。


「KANON」
主人公・相沢祐一は両親の海外赴任にともない7年ぶりに「雪の街」を訪れ、
叔母といとこの住む家に居候することになる。
彼はなぜか7年前の「雪の街」での記憶を失っている。
その街での生活の中で出会うさまざまな少女たちとの不可思議な現象を追う物語。


この「雪の街」が何処なのかについて作中で言及は為されていないが
おそらく北海道のどこかの大都市ではないかと思う。
「不思議な伝承・言い伝えのあるキツネ」が生息する丘があって、
主人公のまわりにはいろいろな「奇跡」と呼べる現象が多発する。
狂言回しのような役者も存在せず、視聴者は民話的なアナロジーを駆使する
わけでもなく、ただ淡々と起きていく不可思議な事象を見せられるが、
全編を覆い尽くす見事なまでの美術処理、静かに降り積もる雪、低温の描写、
鍵盤主体の硬質でゆるやかな劇伴などに気を取られ
通常ありえない話の展開が、まったくと言っていいほど電波的には見えてこない。
それどころか「ここで泣いてくださいね」とばかりに用意された場所では
しっかりと泣けるように出来ている。
つまり「上手に乗せられていく心地よさ」がある。


結局のところ、この物語は「誰かの夢の世界のできごと」であり
登場人物たちは皆で同じ夢を見て、同じ体験に笑い、泣き、苦しみ、
それを糧に成長を遂げていく。
虚構の世界において体験する虚構とは、結局虚構世界の現実と同じであり
夢を見ながら目を開いたときに見える風景ははたして現実なのか夢なのかという
問題ですらなく、大切なのはそれを人が愛しいと思うかどうかだ。
なにも失っていないはずなのに喪失感が生まれ
何一つ得てないはずなのに人は満足したりもする。
それが「誰かの夢の世界のできごと」として用意されたシナリオであっても
それをもたらした「ある種の力」の存在に人は感動する。



夜の学校で魔物退治する奇跡、不治の病が治る奇跡、死線を彷徨う大事故から
生還する奇跡、いるはずのない人が現れる奇跡。
それらはすべて「強い思い」と「不思議なキツネの伝承」のある不思議な街が
起していくものと結論づけられるが
本来伝承や寓話というのはそういうものだった。
それが何故起こるのか、というのは瑣末な問題にすぎない。

7年後の切り株横の茂みにプレゼントが残っていたのも
「そこに残っていて欲しい」と祐一が強く望んだからであり
祐一の記憶が残っていなかったのは「忘れて欲しい」とあゆが望んだからであり
あゆの探し物が見つからなかったのは、見つけたくなかったからであり、
7年後に祐一が戻ってきたのも、戻ってきて欲しいと皆が望んだからである。
つまりこの世界において、想いとは実現するものであり、そのことに
誰もが無自覚であるがために物語は終焉を迎えることがない。
まさに「終わり無き追奏曲」=カノン。

終わりのない日常と紡ぎだされていく人と人との綾。
決してあたりまえではない世界の中に広がっていく奇跡の日常。
我々はそれをメタな視座で追体験するわけではなく、
「いたる絵」とともに世界を受け入れた時に、この世界で起きる現象を
あらかじめ「許していた」のだ。
だから「泣いてくださいね」という場所で泣くことが出来るし
「あゆエンドじゃ名雪が可哀想だろ」と幾らでも自在に感情移入できる。
マルチエンディングのPCゲーム版で補完することもできる。


少々問題があるとすれば・・・
終わりなき友引町からの脱出には大きなカタルシスがあったのに比べて
この「雪の街」の場合はできれば壊したくない、と思ってしまうことではないか。
そしてそれは、おそらくとても危険なことである。




公式ページ



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category: アニメ

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だいたい「広義の強制性」ってなんなんだ。  

今から90年前の1915年から数年間にトルコで起きた「アルメニア人虐殺」を非難し、
その非難を米国の今後の対トルコ外交政策に反映させるという決議案が
民主党のアダム・シフ議員(カリフォルニア州選出)によって米下院に提出された。
虐殺開始の記念日とされる4月24日までに本会議で採決される見通し。
「おいトルコ、お前ら昔虐殺したよな?」というノリで外交は強気にいこうぜという
話らしい。まあアメリカ人はこのくらいバカなほうがアメリカ人らしくていい。


昨年11月の中間選挙で民主党が上下両院での多数党に返り咲いたことにより
リベラル陣営が幅を利かせるようになり
現共和党政権の国際戦略の思惑や都合は一切お構いなしに
こうした決議案がぽんぽん繰り出されやすい状況ではある。
慰安婦問題に関する対日非難決議案も背景は同じだ。
NYタイムスやワシントンポストなどもみんな民主党寄りのメディアであるから
そういった連中がここぞとばかりに対日非難の社説を用意するのも理解できる。
親米一辺倒な一部日本人は「うわぁ、アメリカ様がなんか怒ってるみたい・・・」と
必要以上に気おされたりするのかもしれないが。


相手が同盟国だろうと何だろうと関係なく、
決議案の背景には必ずロビイストがいて利権が発生している。
対日非難決議案を提出したマイク・ホンダ議員の票田にも当然在米コリアン社会がある。

慰安婦問題を非難する決議案は、これまでも何度となく提出されては
立ち消えになっていたわけだが
今回は選挙に勝った民主党の多数派工作が奏功し、自称従軍慰安婦の出席する
茶番のような下院公聴会まで開催され、とうとう採択されそうな雰囲気である。

ただ、アメリカとしても悪戯に日本国内の反米感情を煽りたくはないらしく
安倍首相の4月の訪米を無難にやり過ごしてから、5月に採決というから滑稽な話だ。
本気で喧嘩を売る意図はなく、なるべく日米関係をこじらせずに非難したいわけである。
強気には出たいけど、なるべくなら嫌われたくはないのだ。
大票田であるカリフォルニア産の牛肉が売れないと困るのは
民主党も共和党も同じなのだ。
まあアメリカ人はこのくらいバカなほうがアメリカ人らしくていい。

もっとも山本一太が言うように、下院決議案というのは
「イチローの最多安打達成を祝う決議案」とかが普通に提出されるものでもあるのだが。
採択されたからといって国際的な拘束力があるわけではないので
実際には、ああそうですかで終わってもいいような話なわけだが
逆に採択してくれれば日本としては正面から反論できるという考え方もある。
慰安婦強制連行に関する実態解明を進める自民党内の作業部会の動きを
政府が後押しする方針もすでに表明されているから
日本政府内でも一応採択はされるという前提で話は進んでいるのだろう。



僕は正直、ずっと長い間懐疑的になっていた。

確かに「いわゆる強制連行に日本軍が関与・指示したという証拠はない」という話は
90年代初頭から聞いてはいたが
「実は政府で探せばひょいと出てくるんじゃないの」と少しだけ思っていた。
「ない」と言われていた薬害エイズ関連資料も3日で出てきたわけだし。

だがこの問題に関して安倍が内閣総理大臣として「ない」と言い切った以上、ないのだ。
強制連行に日本軍が関与したという証拠はない。

これだけは安心した。僕はその言葉をこそ待っていたのであって、
この問題が今後もいびつな形で尾を引くことになろうが
「ないものはない」と自信を持って言い切れる根拠は提示された。
だから話を蒸し返すことになっただけの意味はあったと思う。


内閣総理大臣がないと言い切った以上
立証責任は「あった」と言っている側にある。
「私はUFOを見た。だから宇宙人はいる」という論理は成り立たない。
客観的に検証されうる根拠を示さなければ事実は立証できない。
だから
「私は強制連行された。だから日本軍は強制連行した」
という論理も成立しないのだ。



しかし相変わらず「広義の強制性はあった」と一生懸命言い募る輩もいる。

「広い意味で強制はあった」
女衒や女郎屋などの業者に売られたり、借金のカタに強引に女性を連れ去ったなど
本人の意志に反して慰安業務に従事させられたなら
それは強制であり、広い意味で日本の責任である、という理屈らしい。

そういう気の毒な話にも「証拠はあるんですか」と聞いたら
「慰安婦本人がそう言っている。嘘とは思えない」という答えが返ってくる。

だが河野談話はこう言っている。

「いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を
負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」

つまり、ひどい目にあったすべての人にお詫びします、と言っている。
それが強制かどうか、日本軍の関与があったかどうかは問題にしていない。

それでも自称慰安婦や、それを利用する韓国人がゴネてくるのは
ようするに「私たちにお金を払いなさい」という話に過ぎない。

お金を払いなさいという話がなぜそんな回りくどいことになるのかというと
日韓国交正常化に伴う1965年の「日韓基本条約」で
「両国民の間の請求権に関する問題が 完全かつ最終的に解決された」と
合意されてあるからだ。

何度となく起される日本国内での従軍慰安婦賠償関連の訴訟も
この基本条約を根拠に賠償請求は棄却されている。
日本が個人に賠償する義務も、また、賠償請求を受ける義務も存在しないのである。
中には本当に騙された人だっていた可能性はある。
だがそういう人たちに、私たちが謝罪し私たちの税金で賠償する理由は
残念ながら見つからない。
騙したとしたら、それは「業者」の責任であって「日本軍」の責任ではない。
「日本軍が組織的に騙した」という証拠がないからだ。


もし韓国が条約を無効とし、日本は慰安婦に個人賠償せよということになるなら
日本統治時代に韓国内に残してきた莫大な日本側資産の請求権も復活することになろう。
韓国としては、それでは困ったことになるため
「日本側が折れて、条約とは別に慰安婦に個人賠償してくれれば万事オッケー」
という状況を作り出すのが彼らにとってはベストなのだろう。


それにしても今回面白かったのはやっぱり「自称人権大国アメリカ」の
うすっぺらさである。
駐日大使のトマス・シーファーですら「慰安婦らがウソをついてるとは思えない」と
顔に似合わないナイーヴなことを言っていた。おめでたい話だ。
一方の話だけを聞いて、勝手に同情して涙を流す良心は持っているが、
反対意見に耳を貸す冷静さと公正さは持ち合わせていない。駐日大使ですらそうなのだ。
それがアメリカ人の言う「自由民主主義」の正体である。


「慰安婦の証言がウソとは思えない」ということであるから
最後に日本軍兵士の証言を紹介しておく。
鬼畜にもとる日本軍人の言うことであるから
人権派のアメリカ人様におかれては聞く耳は持たれないことと思うが。


騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。
「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。私は高等女学校出身なのに」と
兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめている
したたかな女もいた。
またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。
日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。


小野田寛郎(wiki)
http://www4.airnet.ne.jp/kawamura/enigma/2005/2005-01-16-onoda_ianhunoshoutai.html


昔もいまも商売女はしたたかなものである。


category: 雑感

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「京四郎と永遠の空」の裏設定  

ミカとかおんとひみこの関係性について某所でディスカッションしていたら
まさに絶妙なタイミングで介錯氏本人のコメントが発表された。
神無月・京四郎の世界に関するさらなる裏設定について。
以下全文引用


忙しすぎて頭が回らないので色々補完しながら考えて欲しいのですが
セブンの脳内設定だと神無月で描けなかった「残された側の巫女のその後」で
ミカは残された悲しみのため性質の変化してしまったこの世界の姫子
青髪の看護婦はすでに死んでしまったこの世界の千歌音
千歌音に会えない悪姫子=ミカがどんな手段を使っても千歌音に会おうとする
別世界から迷い込んだカオン=千歌音に固執するのも元々は姫子だから
姫子が悪い自分自身を超えて千歌音を取り戻す話
最後にミカの服を着た姫子が
姫子と姫子(ミカ)の想いを持ってカオンを助けに行きたかったのですが

カズヤは全てを見てきて理解している男なので
愛に狂った妹を見てられないので命を奪いこの世界から解放し
看護婦千歌音の元に旅立たせた

今回は京四郎なのでこの話は裏の話
なので姫子が自身を乗り越える所のみ残った

どうしてミカがムラクモであり姫子なのかは
想像力を奪う事になるのでそれは考えてみてください
できればミカは殺したくなかったですが


セブンとは「介錯」の中の人、七戸輝正氏のこと。
基本設定なのか後付なのかはわからないけど
これが視聴者・読者の自由な解釈を束縛するものではないだろうし
原作者である介錯氏もそういう受け取り方を望むところではないと思う。
だからこの設定を知らなくても、作品は成立する仕組みになっている。

ただ神無月~京四郎につながる世界の螺旋構造を体系的に把握するために
重要となるいくつかのキーワードは確かに盛り込まれている。

ミカもひみこも結局は姫子であり
ミカは死んでしまった「千歌音」に会いたいがために黒化してしまった姫子
螺旋構造の何処にいても千歌音と姫子は強い意志でお互いを見つけようとする。

つまりはカズヤ=ツバサも京四郎も結局は「千歌音」なのかもしれない。
ミカはカズヤによって殺されたわけだけれど
すべてを知っているカズヤは、ミカを殺すことによって
ミカ(姫子)を死んでしまった看護婦=千歌音に会わせてあげようとした。
京四郎世界では、ミカは何をしようと決して救われない立場にあったわけで
つまりカズヤによってのみ、ミカは救済されたわけです。

こうなると、次回作「ハザマノウタ」も楽しみになってきますね。
介錯氏はスターシステムを採用する作家であることだし
この複合螺旋構造の世界がさらなる広がりを見せてくれるのでしょうか。


介錯電子学園(公式)



category: アニメ

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磯光雄という人について僕が思うこと  

作画について真剣に語りだすと方向性を見失う。

アニメとは読むものではなく観るものであるべきだし
犠飛がいくら上手く決まっても三塁コーチがヘタレなら点は入らないし
点が入らなければ試合には負けてしまう
それと同じように、作画がどんなに素晴らしくてもホンや演出がダメなら
作品としては結局ダメだ。
という風に僕は長い間考えていたけれど
時折、そういう価値感や意固地な判断基準を
完全にひっくり返されるような神憑り的に物凄い作画に出会うことがやっぱりある。


つまるところ映像というのは上手に観客を騙すところに醍醐味があるわけで
それは例えば熱い湯がすごく熱そうに見える、硬い壁がすごく硬そうに見える、
その壁を壊す力が凄い力なんだと説得力を持つ、というふうに
「騙す」=「説得」であると考えるとわかりやすい。
上手に説得してくれるのは演出の妙でもあるが
もちろん作画が優れていることが必須条件といえる。


結局そういう映像に説得された時の僕は、ホンやレイアウトなんかに対する興味は忘れ
グレンダイザーやゲッタードラゴンの活躍に胸を躍らせながら
キラキラした瞳でブラウン管に噛り付いていたころの自分に戻っているわけだが
この年になってさえ、稀にそういう現象に出くわすから困る。
その、毎度僕を困らせてくれる何人かのうちの一人が磯光雄である。



磯光雄の仕事を初めて見たのは「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」だった。
多分1990年ごろ。僕はバイト休みの日にすることがなくてレンタルビデオで見たと思う。
当時はもうガンダムにも辟易していたし、いまさら富野作品でないガンダムなんて
見る価値があるのかとさえ思っていたので、何一つ期待していなかった。
ビデオ屋隣接のコンビニで弁当とお茶を買って帰り、0080をビデオにセットして再生開始。
そしてそのまま弁当を食うのを忘れることになった。

冒頭の北極基地攻略シーンですでに掴まれていた。
超高速で氷上を移動するハイ-ゴック
ぐにゃぐにゃの関節駆動、ミサイルの反動、逃げ惑う基地職員の目線
そして質感と立体感にあふれた爆発エフェクト、粉塵、煙焔

なんだこりゃ?どうやって描いてるんだ?と僕は思い
何度も何度もスロー再生して確認したが
何がどう特別なのかは何一つわからなかった。
それが新しいのか、古いのか、緻密なのか、大雑把なのか
度肝を抜かれたというわけではない。
つまりそこにあったのは強烈な違和感だった。
マクロスも王立もすでに観たあとだったはずなのに
何か今までと違うものがそこにあった気がした。
でも、それが何なのかは結局よくわからないままだった。

「0080」は当時まだ無名だった林原めぐみがブレイクするキッカケになった
作品としても有名だが、話の内容なんかはもうすっかり忘れちゃって
今となっては、結局覚えているのは冒頭のシーンだけだ。


そして5年後の1995年、あの「エヴァンゲリオン」がスタートする。

エヴァという作品についての詳細は今更必要ないかと思うが
僕自身があのTVシリーズの中で最も気に入っているエピソードが
第13話「使徒、侵入」だった。
この回は、敵はコンピュータウィルスであり、目に見える形では登場せず
刻一刻とハッキングという手段で侵入してくる使徒と
ネルフクルーとの緊張感あふれる攻防戦を描いた異色のストーリー。
赤木リツコ博士とその母との確執を描く重要なエピソードでもある。

「あたしは母親にはなれそうにないから、母としての母さんはわからないわ。だけど、
科学者としてのあの人は尊敬もしていた。でもね、女としては憎んでさえいたの」
「カスパーにはね、女としてのパターンがインプットされてたの。最後まで女で
いることを守ったのね」
そして最後に「ほんと、母さんらしいわ」という印象的な台詞でカットアウト。
リツコが一方的にしゃべるシーンで話は終わるわけだけれど
それについて受け役(ここではミサト及び視聴者)が主観をはさむ暇を与えない演出。
もちろん計算づくのこととは思うけど、非常にエヴァらしい挿話である上に
台詞に独特の味わいがあり、リツコのパーソナリティが完璧に活かされている。
この脚本は誰だと思い調べたところ、そこに磯光雄の名前があった。
だからこの時は演出方面の人だと思った。


その後しばらくたって、エヴァのスタッフ情報などを漁りまわる過程で
第1話冒頭の使徒襲来、国連軍との戦闘シーン、ミサトの車疾走、N2地雷で横転のシーン
物語の導入部であり重要なシーンだけあって出来も非常に良かったが
それらが磯光雄の仕事だと知るに至り、本来作画の人だったのだと理解する。

そして劇場版「 Air 」量産型エヴァシリーズとアスカの戦闘シーン。
このシーンはアニメの作画にそれほどこだわらない人であっても、この映画を観た人なら
大抵印象に残っていると答える名シーン中の名シーンである。
これも磯光雄の仕事であると、あとからわかった。

じっくりと見てみると、飛行する戦自機体が物理攻撃を受ける瞬間の浮遊感覚や
エヴァシリーズが使用する武器の途方もない重量感、爆発、巻き上がる土砂、
遠心力で振り回されるカメラ、ナイフが刺さるときにアスカが感じる手ごたえや質感などが
画面を通じてビシビシ伝わってくるのがわかる。

その後、磯光雄がエヴァに設定補という肩書きで様々な部分で関わっていることもわかった。
あのネルフ地下にあった、圧倒的な存在感を持つ「リリス」と呼ばれる謎の巨人も
磯光雄のデザインによるものだったらしい。


いったい何もんだこいつは、と思いさらにそこから色々調べてみると
前述した「ポケットの中の戦争」冒頭の北極基地攻略シーンが
やはり磯光雄の仕事だとわかるのに、さほど時間はかからなかった。

そして僕が違和感を感じ、「今までと違うなにか」をそこから感じ取ったのと同じように、
あの基地攻略シーンは発表当時すでに業界で話題となり、数多くのアニメーターが
刺激を受け、その後膨大なエピゴーネンを産み出すに至った事実を知ることになった。
要するに、磯光雄の登場によってアニメの作画やエフェクトは新時代を迎えたのだ。
庵野秀明がエヴァの重要なシーンを磯光雄に任せたのも、充分理解できる話だと思う。

あふれ出てくるようなアイデアと、それを具現化する画力、表現力。
その人の出現によって、それまであったものが違ったものになる。
強烈な印象を残し、通ったあとに確実に新しい道が出来ている。
こういうアニメーターはそう多くはない。
古くは金田伊功、そして板野一郎、もしかしたら庵野秀明もそうかもしれない。
しかし彼らがある種の源流を同一にする作風であるのに対し
磯光雄は誰とも似ていない。予期しないところに突然現れたという印象がある。
それはたとえばケン・イシイや桜庭和志などの登場によく似ている気がする。
彼らが稀代の英雄として、その時代の空気に呼ばれるように姿を現し、
当然のようにそれぞれの分野でその頂点に君臨していったように、
磯光雄もやがて世界にその名を轟かす存在になっていくのではないか。
僕はそんなふうに勝手に思っていたりする。
思い切って言ってしまおう、磯光雄こそが第二の宮崎駿になる男だと。


エヴァの成功後飛躍的に業界内で知名度を上げた磯光雄は、引く手数多だったはずだが
2002年の「ラーゼフォン」で脚本・演出等に参加した以外あまり大きな仕事は受けなくなる。
デジタルワークスやCGI,単発での原画の仕事などは断続的に請け負うが
メインの仕事として注目を集めるような話題とはここ数年無縁だった。

彼はその間、自身の原作・脚本・監督による新作シリーズを準備していたのだ。
それが今年5月からNHK教育で放送されるアニメシリーズ「電脳コイル」である。
天下のNHKが、夕方のアニメ枠を初監督、初脚本のアニメーターの出した企画に任せる。
この待遇だけを見ても、磯光雄の扱いが破格であることがわかる気がする。
勝算のないところではビジネスは絶対に動かないからだ。

我々はこの春、奇しくもかつて宮崎駿が「コナン」でシリーズ初監督を務めたNHKで
今度は磯光雄という強烈な新しい才能が大きく開花する瞬間に立ち会うことになるだろう。




以下ようつべにて、磯光雄作画MADが見れます(神作画@Wikiより)
http://www.youtube.com/watch?v=maJjq7IBnF0

公式ページ


井上俊之/本田雄の参加も決定しているようです。
ガンダム/エヴァ級の作品になる可能性アリか。
ていうかここまで持ち上げて大丈夫なのか俺



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