「宇宙をかける少女」が描くべきだったもの

ハコ人間とは結局終身雇用制のようなもので
魂をアウトソーシングして安寧を得るシステムであり
それが究極的な合理化社会のあり方であると
少なくともネルヴァルは確信していたはずだ。

それに対し「自己を実現する」というパラダイムシフトを
突きつけてきたのがレオパルドであり、
「自分にしか出来ない何か」を捜し求めていたのが秋葉であり、
それが「宇宙をかける少女」という存在の意味であるべきだ。

この構造は言ってみれば80年代的なもので・・・

終身雇用が成長を支え経済大国へとのし上がってはみたものの、
会社勤めで一生社会の歯車となる人生を嫌い、
「自分の意志で就職しない」フリーターというものが登場し
いわゆる自分探しといった個人主義が礼賛される時代が到来。

そうこうしているうちにバブルが崩壊し、利益確保のために
企業は非正規雇用を進めるようになった。
外圧で雇用規制も緩和された。
いつかは就職しようと思っていたフリーターはここでハシゴを外された。
しかし今更あせってもしかたないので「ナンバーワンじゃなくて
オンリーワンになればいいのさ〜」とか呑気に歌っていた。

状況はどんどん悪くなる。雇用制度は崩壊し、失業率も増大し続ける。
今となっては選択の余地すらなく、非正規雇用以外に生きる道は
ない人だっている。

そこで「いいや、フリーターでいいんだよ」と自信を持って言い切れるもの、
今の世の中に、説得力を持ったサジェッションを展開することができたなら
この「宇宙をかける少女」は神作品となり得ただろうし
視聴者はそれこそを期待していたはずだ。

「ハコ人間」という価値観を一蹴できる「何か」。
具体的な意味は謎だけど、「宇宙をかける少女」という作中キーワードは
きっとブレイクスルーを目指しているに違いないと
誰もが理解していたはずだ。


しかし残念ながら物語は、この命題に解を与えることを避け
自我を暴走させた友人を少女が救うストーリーへと変化した。

最終局面で風音がどういう絵を描いていたのか、
そもそも「宇宙をかける少女」とは何なのか、
どうすればラスボスとしてのネルヴァルを倒せたのか、
そういう問題がすべて流動的になって
「人類のあるべき未来を切り拓く」はずの物語から
いじけて引きこもった友達を蹴っ飛ばして
現実にひき戻す決着となった。

それなら確かに等身大の秋葉にも出来そうな気はする。が、
物語としての煮え切らなさはどうしても残り続ける。

友人を救うことは本来、素の秋葉にも出来るはずなのだ。
宇宙をかける少女・秋葉にしかできないことを我々に見せる、
その命題から制作陣は逃げた。




http://www.sorakake.net/


板垣伸降板アナウンスについて僕が思う以下略

http://basquash.com/announce.html

あああ気持ちわりいいい

クビならクビにしたよでいいじゃねえか
詳細について説明する気がないなら
問い合わせなんか殺到したってシカトしてろ

これじゃクビになった板垣の立場がねえだろ。
そういう気配りもできないのか?
そりゃ人はついてこないよ。あたりまえだ。

責任を取らせるなら監督じゃなくお前がやめろよと





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